エッセンス オブ フライ フィッシング & エッセイ オン フライ フィッシング     vol.140 魅惑の水玉模様――整列する白斑を纏うイワナたち/竹田 正

2023年10月27日(金)

仙台東インター店


 時を遡ること7年前、私はとある渓流の源流域を訪れていた。この日の釣行は、落差が10m以上はあると思われる滝を越え、その先に続く未踏流域の探釣を目的としていた。

 魚止めとなるその滝を越え沢へと潜り込んだ。辿り着いてみれば、ほんのひと跨ぎほどの、小さな渓だった。緑に溢れ風が薫るその流れは、木々に囲まれながら曲がりくねり、小さな渓流滝が続いていた。その様子はまるで、森の肌から水が湧き出しているように見えるのだった。
 森を流れる渓の全てを凝縮したかのように見える、ミニチュア感覚を覚える不思議な景色を味わいながら、ゆったりのんびり釣り上って行った。すると、付き場ごとに1尾ずつ、必ずと言って良いほどにイワナが付いており、そこかしこでフライを追ってくるのだった。それは、イワナたちがそれぞれに縄張りを保ってきた、その結果と思われた。

 小渓ながらも、思いの外多くのイワナを育んでいる森の豊かさ、まずはこれに驚かされたのだった。フライを落とせばイワナが飛び出してくる、しかも次々と。そのような状況下で突如、今までに見たことが無い個性的なイワナが釣れてきたのである。
 そのイワナは、「整列して並ぶ大きな白斑」を身に纏っていた。それは、まさに衝撃的出会いであった――。



発端となった「整列する白斑を持つ」エゾイワナ
特段に白斑が大き目で、その配列にほとんど乱れを感じない。まさに整列型と呼ぶにふさわしい個体。これほど見事な魚体には、これ以降出会った事がない。このイワナとの出会い以来、このような「側線を軸に、上下2~3列で等間隔などリズム感をもって綺麗に白斑が並びかつ着色斑が無い」規則性斑紋をもつイワナを「整列型」と呼ぶことにした。


 この小渓に棲む整列型のイワナたちが「滝に阻まれる以前に海と往来していたアメマスの末裔であるとしたら…」などと想像すると、ロマンを感じずにはいられないのである。そのため「整列する白斑」を持つこの一尾との出会いを境に、イワナという魚は「私の想像力をこれまで以上に掻き立ててくる存在」となった。以来、それを確かめるように沢を歩き、未だ見ぬ「古よりのありのままを感じられるイワナ」を求めるようになっていった。

 様々な研究の結果から、サケ科魚類祖先の出現はおおよそ5600~3600万年前と推定されている。これ以降、サケ科魚類は長い時間をかけて進化し、その過程において種分化と分岐を辿り現在に至っている。
 サケ科魚類祖先からの進化の過程で、約1000万年前にイワナの祖先が出現、イワナ属がそれぞれに分岐し始めたのは約600万年前とされており、258万年前~1万年前の氷河期を経て分化した各種のイワナ属魚類は現在、北太平洋沿岸高緯度地域に分布している。
 サケ科魚類の中でも最も冷水を好むイワナ属魚類であるが、日本産のイワナは世界的に見て、「イワナ属全般における生息域の南限、即ち最も温暖な地域」に分布していることになる。そのため、東北および北海道の海との往来が可能な環境のある一部地域を除き、清涼な水を拠り所として生きる日本産のイワナは河川最上流域の山地渓流を主要な生息地とし、その一生をそこで過ごしている。

関連記事リンク vol.90 いろいろなイワナ。カワサバ。 vol.105 とある沢のイワナ図鑑


 今年の5月、山々はすっかりと深い緑で覆われ、渓にタニウツギが咲き乱れる季節となった頃のことである。整列型のイワナを探す為に件の小渓を訪れた。前回の調査釣行以来、2年ぶりの入渓だった。春から続く渇水の為、水況は芳しいものではなかった。平水時でもほんの一跨ぎという小渓である。ある程度の予想はしていたものの、「水が生き生きとしていない、これでもイワナたちは大丈夫なのか?」という印象を受けたのである。それほど弱々しく、流れはやせ細っていたのだ。

 本来この季節であればイワナたちは活気に溢れ、エサ取りに夢中になっているものであるが、この日のイワナたちは摂餌しやすい流れを離れ、隠れ処にてエサが流れてくるのを待ち構えている様子だった。
 倒木が掛る落ち込み脇や懐のある岸際の岩盤、大石の陰など、岸際ギリギリにフライを打ち込むこと数回。その存在にようやく気付いたイワナは隠れ処から顔を出し、引きずり込むようにフライを口にする……という具合である。
 こうなると込み入ったポイントのギリギリばかりを狙うため、その周囲の倒木や落ちている枝、岸際の草などに邪魔される形で、すぐにフライを引っ掛けたり、掛かったイワナに巻かれてバラシたりすることは茶飯事だった。
 今回ばかりは、ゆったりのんびりと釣り上り、とはいかなかった。魅惑の水玉模様に誘われつつ、手間隙が掛かる釣りを日がな一日、根気良く続けたのであった……。



 さて、今回は釣行風景等の掲載を割愛とするが、釣れてきたイワナは全てを撮影した。釣り損ねたイワナたちの白斑の様子はどうであったのか、とても気になるところではあるが、毎度のことでこれは仕方なしである。なお、イワナは撮影後に全て元の棲み処に帰した。

今回の調査結果をまとめると、
・釣れてきた個体については総数32尾全ての個体に着色斑は認められず、いわゆるエゾイワナであった。
・白斑が大きい整列型は6個体(全体の占める割合18.8%)であった。
・整列型要素を含む準整列型は14個体(同43.8%)であった。
・大小白斑が混在するなどにより整列型要素が認められない個体は12個体(同37.4%)であった。
・整列型要素を含む個体は20個体で全体の62.6%と過半数以上を占め、過去の調査結果と照らし合わせると、今回は整列型の出現率が高かったと言える。

次に、今回の調査釣行の結果を取りまとめるにあたって、この小渓でこれまでに撮影してきたイワナの画像整理も併せて行った。そこで、今回の調査対象も含め特徴的な白斑を持つイワナの画像を選り抜きして分類、それぞれにまとめて掲載することにした。

まずは典型的整列型個体の例として20尾を以下に掲載する。大多数の個体が「白斑大きめ少なめ」であるが、「白斑小さめ少なめ」の一部の個体もこちらに含めた。左右両体側面や背面も掲載している個体もあるため、画像数は26枚である。


次に、側線に対し平行ではなく角度を持って斜めに配列している整列型。掲載数は6尾。


白斑は大きく数が少なめなものの、その配列の状態がやや乱れるなどとして、準整列型に分類した個体。掲載数は17尾。左右両側面も掲載している個体もあり、画像数は20枚。


白斑が小さめの準整列型。掲載数は13尾。


整列型ではないが白斑が大きめで数が多めの個体、7尾。他所でも見かける、言うなれば標準型アメマスタイプ。整列型との比較のために掲載する。


整列型ではないが白斑が小さめで数が多い個体、5尾。こちらも比較のために掲載する。


 現在、野生本来の自然分布する日本産イワナは、その資源量が減少傾向にあるとされるが、これは行き場のない限られた生息環境に生きるが故と言える。様々な環境の変化によりイワナが窮地へと追いやられていることは、イワナ釣りを愛好する者にとっては想像に難くないであろう。

 さて、イワナが纏う魅惑の水玉模様――イワナの神秘。その個性や多様性がどこまでのものなのか、まだまだ興味の尽きることは無いのである。最初の発見に至った沢の源流のみならず、他所の源流にも「整列する白斑」の可能性を見出すべく、継続調査中である。釣りは謎解き、宝探し。川旅はこれからも続く……。
 好奇心を呼び起こす水玉模様、ロマンを掻き立ててくれる愛おしいイワナたち。これからも大切にしていかなければと思う。自然を享受できることに感謝!ありがとう!

THE ESSENCE OF FLY FISHING & THE ESSAY ON FLY FISHING vol.140/ T.TAKEDA
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