エッセンス オブ フライ フィッシング & エッセイ オン フライ フィッシング    vol.105 とある沢のイワナ図鑑/竹田 正

2019年07月05日(金)

仙台東インター店


 三陸沿岸の梅雨は思いの外に寒い。その一歩手前、梅雨入り前は新緑も眩しく夏の様相、沢は日差しを浴びて緑光のトンネルとなる。まだまだ冷や水が流れる沢のイワナ達も、待っていましたとばかりに一気に活性が上がってくる。この機会を狙っての三日間、一日一本ずつ沢に潜りこんでみることにした。
 初日に入った沢は、三年前、たまたまの思いつきで入り込んだ沢である。おもしろいことに、整列した大きな白斑を持ち、小さいけれども発育の良いイワナが生息していたのだ。もう一度この目で確かめてみたいという気持ちが強く、その沢の再訪は、今回の釣行目的の中で筆頭の位置付けである。二日目は、本流筋でイワナが激減してしまっている沢の支流。ここ十年程、イワナの回復具合を見るため毎年訪れることにしている。そして三日目。未だ途中までしか踏破していない沢は数多いのだが、そのなかからひとつを選びだした。いつの日か下から上まで繋ぎきるために、頃合いの良いひと区間を釣ってみようという思惑である。
 今回、サンプリングさながらに、釣っては写真を撮るという作業じみた事を繰り返した結果、パソコンのモニターに写真がずらりと並んだ。その眺めは見ていてわくわくする、正に魚類図鑑のようだった。そこで沢ごとに分けて写真を選び出し、イワナの個性的な姿を紹介したいと思った次第である。


 さて、初日。車止めの脇で小手調べ。始めるや否や、すぐに2尾のイワナが釣れてきた。コンディションは良さそうと言う事で、試し釣りは切り上げ、林道を登っていくことにした。

 
車止めの試し釣りで釣れた2尾。白斑が散在、良く見受けられるタイプ。白斑の輪郭がはっきりしている。2尾共に着色斑は無し。

 暫く歩くと林道に堂々たる足跡が。これは熊だぜ。今シーズンはこれで二度目。野生鳥獣パトロールのおやじさんが「木さ登って、木の芽食ってがら。上も見ろよ…」と言っていたのを思い出した。カウンターアソルトの安全ピンとホルスターのバックルを外す。目線高くを意識して歩を進めていく。警戒しながらの一時間、魚止めの滝を越えてやってきた。ほんとうに小さな沢。久しぶり。もっと早く来たかったのだけれど、機会を逃してしまい、のびのびになっていた。
 当時は、「高さのある滝の上だし、果たしてこんな小沢でも魚は居るのだろうか?だめで元々、ちょいとやってみるか」程度の探釣だった。意外にもと言うべきか、期待通りと言うべきか、そこにイワナは居たのだ。しかもイワナの魚影は十分な濃さだった。そのとき釣れてきたイワナ達がなかなかユニークで、そのなかでも際立って特徴的な個体がいたため「vol.90 いろいろなイワナ。カワサバ。」で、写真と共に次のように紹介している。


「こちらも着色斑は無し。白斑は大きく少なめで、綺麗に列をなしているところが特徴的な個体。背部は虫食い模様。落差約10mの魚止めの滝を越え、小滝が連続する源流部の、沢幅1mも無いような細流で釣れてきた。太古の時代、魚止めの滝ができる前に海と往来していたアメマスの末裔なのだろうか。いやおうにも想像力が掻き立てられる。」

 この個体の様に、「側線を軸に、上下2~3列で等間隔などリズム感をもって綺麗に白斑が並びかつ着色斑が無い」規則性斑紋をもつイワナを整列型と呼ぶことにした。この整列型イワナを求めて釣り上がった。


入渓して最初の1尾め。のっけからでてきた。左右の斑紋を比べると、左体側が整列型。


白斑は少なめで大きさがそろっている。配列は少しランダムな感じ。整列型の要素は含んでいるが標準型エゾイワナのアメマスタイプとする。


ちびっこ。白斑が流れ気味だが、成長するに従い綺麗な2列になるのか?乱れるのか?この成長段階では準整列型とする。


白斑のサイズはそろっている標準型エゾイワナのアメマスタイプと大小の白斑を有する標準型エゾイワナの個体。他の沢でも良く見かけるタイプ。


白斑が大きめ。まずまず。整列型の要素有の、アメマスタイプ。


整列しきれていないけれど、白斑大きめで良い感じ。準整列型。


まずまずの整列具合、小さめ白斑が混在している標準型。美しい。


少しランダムな感じ。アメマスタイプ。


きたきた。整列型が釣れ始めた。


これです。かなり良い感じで整列、発育も良い。


アメマスの雰囲気を感じる個体。小沢にしては良く育っている。このサイズの整列型が出てこない。


白斑細かめ標準型エゾイワナ。


白斑大きめ少なめで良い感じ。整列型。


白斑大小混在タイプ。小さい白斑が無ければ、整列型と呼びたい配列の標準型。


白斑大小混在タイプ。標準型。


これもアメマスの雰囲気を感じる良型。若干の白斑が混在している。


他の沢でも見かける、黒い沢イワナという雰囲気を持つ。


良型の整列型が釣れてこない。何処にいる?標準型のアメマスタイプか。


変わり種が釣れてきた。黒色素胞がまとまっていない感じ。白斑上にも黒色素胞が散らばっていて、斑紋が不明瞭。


大きめの滝が現れた。二段滝。下の壺ではイワナは出てこなかった。


上の滝壺で釣れてきたイワナは全体に色が濃く、腹部橙色が強い標準型。ここで釣れたという事は、滝の上にもイワナがいるはず。


やはり滝の上にもイワナは居た。体色が濃い個体。際立った整列型ではないが、その要素を含んでいた。準整列型。

 初日の沢はここまで。少しオーバータイム気味で、17時に沢から抜け出た。道中は下りとはいえ、車までここから小一時間。日の長くなった初夏とはいえ、秋の日は釣瓶落としと言うわけではないけれど、谷は急速に暗くなる。熊の足跡もあったことだし、少しばかり緊張、帰りはスリリングな気分を味わった。

 釣れてきたイワナをそれぞれに分類してみると、際立った整列型が5尾、やや乱れを感じる準整列型が3尾、大きな白斑が特徴的なアメマスタイプの標準型エゾイワナが11尾、大小白斑が混在する標準型エゾイワナが14尾、その他のタイプが2尾、の合計35尾(掲載写真は26尾)。典型的な整列型が全体の約14%を占めた。準整列型3尾を含めると約23%にものぼる。着色斑のあるニッコウイワナタイプは釣れなかった。この結果をどう受け取るかだが、個人的にはずいぶん高頻度で整列型が釣れてきたなと思う。移しイワナなど過去に人為的放流があったのかどうか、それは不明である。しかしながら、少なくとも下流側の養殖魚の可能性を含むイワナとの自然な交流は、滝によって分断され、この沢固有の血統が脈々と続いているように感じられた。いずれまたこの沢訪れると思うが、その際は整列型の大物を探すこと、二段滝の上を詰めて更に細流まで探釣すること、この二つがテーマになるだろう。 
 さてこの沢、細流にもかかわらず水量は安定している様子だった。豊かで安定した環境のお陰で餌も豊富なのだろう。特に痩せ細ったイワナはほとんど見かけなかった。整列型イワナは貴重な遺伝子を持っていそうだし、このご時世、こういう沢は特に大切にしていきたいと強く感じた。


 二日目。イワナが激減してしまった流域の支流で、回復具合の経過観察を続けている沢に潜り込んだ。この沢は初日に釣った沢とは対照的な沢で、様々なタイプのイワナが釣れてくる。魚達は上下流域との往来もできるため、流域に養殖魚の放流があったことを実感する沢である。また、ここ近年では秋に遡上してきたヤマメが釣れてくることがあり、驚かされる。少なくとも15年も前であれば見かけることはなかったのだが、上流域へのヤマメの進出が著しく、イワナの生息圏が狭くなっているのではないかと危惧している。


9時入渓。直後、早速のご挨拶。一時期と比べ、イワナは確実に増えてきている。そのお陰なのか、ここより下流域でも魚影が濃くなっている。白斑の大きさが揃っている典型的アメマスタイプの標準型エゾイワナ。背部まで白斑で頭部虫食い模様、鰓蓋まで斑紋がある。もう一尾も白斑が際立っている。


良く見かけるタイプ。7尾ともに茶色が強かった。飴色の鰭が美しい。


白斑数が多く小さめで準整列型に近い感じ。


沢のイワナらしく痩せた魚体。掌でぐにゃりとする。この沢は時々この手のイワナが釣れてくる。腹鰭あたりの側線付近にわずかに着色斑あり。ニッコウイワナの血筋を感じる。


白斑が薄い。


薄い着色斑が散在。


2尾ともに全体に白っぽい体色、標準型。


良く育っている。腹鰭から尻鰭あたりの側線付近に薄い着色斑があった。


5尾ともに標準型。


かなり薄いのだが着色斑あり。


発育良好。魚を支える指にごろごろと捕食物を感じた。


白斑大きめ少なめで並びかけているのだが、整列型とは呼べないかな。アメマスタイプ標準型のエゾイワナ。


ドライフライで釣れ過ぎるので、ウエットフライに切り替えてみた。結果は一緒で良く釣れた。3尾ともに着色斑は無し、背部まで白斑の標準型のエゾイワナ。

 二日目はここまで。まだまだ釣りたいのだけれど、時間切れ。日が長くなってきたとはいえ、雨も降り始めたため16時退渓。夕方は熊と遭遇のリスクも高まるので、早めに撤退する。
 
 さて、結果である。総数32尾(掲載写真は27尾)を釣りあげた。それらしい白斑の配列と雰囲気が出ていた個体2尾が釣れてきたことは、なんとも嬉しいのだけれど、残念ながら整列型と呼べる個体は居なかった。着色斑が認められた個体が4尾。大多数の28尾が標準型エゾイワナと言う結果となった。
 この沢、イワナの生息数は十分回復してきている感じで、ここ数年はサイズも良くなってきているのが実感できる。大型の親魚は抱卵数が断然多くなり、資源の回復力に拍車をかける。また、遺伝的にその形質を受け継ぐ子孫からは大型が育つことが期待できる。つまり、大物ほどリリースすべき大切な存在なのである。


 三日目は、斑紋が鮮明なアメマスタイプのエゾイワナが釣れてくることが多い沢に来た。二日間で疲労が蓄積したか、朝はゆっくりしてしまったので昼近くにエントリー。今回は源流部入口付近での退渓点を鑑みて、沢の中程から入渓した。
 これで未踏破部分は、釣り上がりに二日はかかりそうな距離感の下流一部区間と、源流部にある二本の沢となるが、途中には気になる枝沢もある。この沢に入渓するのはほぼ年一回のペースなので、踏破完了と言えるところまで辿り着くのには、あと数年はかかりそう。


白斑がくっきり。頭部に虫食い模様あり。標準型エゾイワナ。


白斑に濃色の縁取りがある。そのためより鮮明な印象を受ける。標準型エゾイワナのアメマスタイプ。


白斑が青みがかって見える。標準型エゾイワナのアメマスタイプ。


大きめの白斑、どちらかというと標準型エゾイワナのアメマスタイプ。


斑紋がややぼやけ気味に感じる。アメマスタイプ。


大きめの白斑が並ぶアメマスタイプ。


大小白斑混在の標準型エゾイワナ。


少しスレンダーなアメマスタイプ。


大きめの白斑が並ぶアメマスタイプ。良い顔をしている。


アメマスタイプとするには白斑がやや小さめかな。標準型エゾイワナ。


陽の光を受け背部紋様が鮮明に浮かび上がった。アメマスタイプ。以上の3尾は同じ淵で釣れてきた。


背部腹部の白斑が小さめ、側線近くの白斑は丸く大きく配列が美しい。きりっとしたアメマスタイプ。いやいや、ホント良いイワナだ。


白斑がやや小さめ。標準型エゾイワナ。

 釣れてきた17尾は全て標準型エゾイワナだった。そのうち白斑が大きいアメマスタイプが9尾で約53%にあたる。着色斑を持つイワナは釣れなかった。やはりこの沢はアメマスタイプが良く釣れてきた。また、頭部虫食い模様が鮮明な個体が非常に多く、凛としたエゾイワナが生息する沢なのである。
 随分と昔のコト、30年以上前の話。学生の頃にもこの沢には良く釣りに来ていた。型揃いが釣れるこの沢は、イワナの燻製を作るために重宝していた。当時は、いつものポイント、決まりきったところで1~2時間くらいも釣れば十分だった。沢を上って詰めていく、なんてことはやりもしなかった。今思えば、ちゃんとやっときゃよかった、ということである。
 今回改めて、それぞれのイワナをつぶさに見てみると、ここのイワナ達はあの当時のままなんだなと思う。結構入りやすいので、釣り人を見かける沢なのだけれど、これからもずっと変わらずにいてほしいと思う。


 イワナ釣りをしていて最近特に感じる事は、どこの沢もイワナが減少傾向にあるということ。われわれ釣り人が乱獲を厳に慎み、持続可能な範囲で楽しむ他ないのだと、痛烈に感じざるを得ない。
 ヤマメの生息圏が上流へと移行してきているのは、経験的にどこの渓流でも見受けられる現象であり、経験されている方も多いと思う。温暖化も含めその要因は多岐にわたると思うが、イワナの生息圏が窮地に追いやられているのは間違いないところなのである。となれば、これまで以上に山林や河川環境の保全がとても大切になってくるのだろうし、生物の多様性や固有種の保護、遺伝的資源や漁場管理などといった観点からも、渓流魚の無闇な放流は避けてほしいと思う。渓流魚の未来が明るいものであって欲しいのだ。

 生き物として不思議が溢れ、好奇心を刺激してくれるイワナ達。何しろ全国各地のイワナ達を比べれば、何も知らない人が見たら、それこそ分類上で同じ魚とは思えないほどの違いがあるのだから、面白くないはずがない。あそこの沢では青いイワナが釣れるんだよね、どこそこは黄色いイワナが多いよ、などという会話になるのも、イワナ釣り談義ならではだろう。
 イワナ釣りが好きでなければ、いろいろな事に気付かされることはなかったと思う。全国各地に残されているであろうイワナ達の楽園が、これ以上失われないことを切に願います。

 今回、掲載写真の数がかなり多めでしたが、イワナの不思議感、沢ごとの特徴を感じ取っていただけましたか?もちろんイワナ達は全て元の流れに帰しました。イワナ達に感謝。ありがとう!

THE ESSENCE OF FLY FISHING & THE ESSAY ON FLY FISHING vol.105/ T.TAKEDA

← 前記事 vol.104   目次   次記事 vol.106 →
ページトップへ