エッセンス オブ フライ フィッシング & エッセイ オン フライ フィッシング    vol.139 未踏の源流、秋の彩り/竹田 正

2023年09月30日(土)

仙台東インター店


 これまでに釣り歩いて来た渓流の中で、釣りが限界となる源流まで踏破を試みながらも未だ道半ば、という沢が幾つも残されている。それらの中からとある沢を選び出した。
 その沢の上流域に入渓したのは過去に一度だけ。釣りになる流れはどこまで続いているのだろうか?源流へと詰めながら、秋色のイワナを探してみることにした。

 この夏はお盆過ぎとなっても、相変わらず暑い日が続くという有様だった。とは言え、ふと気付けばいつの間にか蝉たちの気配は消え、夜な夜な秋の虫たちの合唱が聞こえるようになっていた。四季というものは、そこはかとなく移ろっていくのであった。
 しかし、そろそろ彼岸に入る頃となったにも拘らず、この日も相変わらず夏を引きずっていた。日の出前だと言うのに気温は下がることなくうだるようで、里の気温は未だに夏のそれだった。
 一方、目的の沢に辿り着いてみると、そこは早朝の山の中。沢を伝ってくる空気はとても気持ち良いものだった。 
 気象情報では、「真夏日、曇り時々晴れ、ところにより一時雨」という、落ち着きの無い空模様となる予報が出ていた。そこで行動中の暑さ、それは仕方ない事として、雨に伴う寒さ対策の装備へと考え直し、山へと分け入っていった。

 時折目に入ってしまうイワナの姿を横目に、体が熱るままに歩き続けた。40分程が経った頃、見覚えのある景色が視界に入ってきた。大岩を滑るように、またその隙間を縫うように、しとやかに清水の落ちる滝がそれである。
 今回改めてその滝を見上げているうち、「滝の上にはどのような景色の小渓が流れているのだろう?きっとイワナもいるはず。それを確かめたい」という衝動に駆られてしまった。
 前後左右、ウロウロと立ち位置を変えながら滝を見上げてみても、その滝頭が見えることは無かった。そのため、滝全体の高さの見当がつかなかった。

 この枝沢に寄り道をするとして、それはただの思い付きである。そのために必要なロープなどの特段の装備を準備しているはずもない。
「さて、どうする。戻りのルートが確保できないとなれば、その時は躊躇せずに引き返すことにして、やってみるか……」
見得る範囲でのルートが想定できたところで、急峻な岩場に取り付いた――。


岩に張り付くようによじ登ること10分少々。見立て通りに、刻むような段瀑だった。登ってきた感覚では、その高さは20m前後と思われた。滝頭に立つと空が近くに感じられ、木漏れ日が視線の高さにあった。視界は遮られ、滝の下は見通すことはできなかった。

 
ほっと一息、暫しの休憩と共にロッドを繋ぎ、釣り上りを開始した。

 
小手調べのつもりで一時間ほど探索を続けたのだが、イワナからの挨拶は無かった。

 狭い沢筋を抜けると視界が広がってきたのだが、時間は限られている。まだまだ続くであろう良い雰囲気の小渓であったが、程々のところで引き返すことにした。
 この枝沢にはイワナが生息していない可能性もあるが、少々釣りが雑だったのかもしれない。イワナのみならず水生昆虫の調査も含め、初夏にでもじっくりと探索に入ってみようと思った。これでまた、踏破すべき沢と楽しみがひとつ増えたことになる。


 無事元の沢筋に戻り、遡行を再開するや否や、ぐぅと腹が鳴った。滝を登って降りてきたのだ、腹も減る。予定時刻より大分早いのだが、ここで大休憩とした。渓で食べる握り飯はいつだって旨いのである。
 腹が満たされ落ち着いたところで、バックポケットから再度ロッドを取り出した。いよいよ釣り上りの態勢をとっての遡行開始である――。

 
ティペットに結んだのはテレストリアルイメージの#12パラシュートパターン。通称ケムシパラ、もじゃもじゃでアグリーなドライフライ。これのブラックやブラウンを使用した。

 
残り時間を鑑み、暫時先を急ぎつつ遡行の後、頃合いを見て釣り始めた。

 
落ち込みから流れ込む倒木の下に、イワナを見つけた。


ほっそりとして柔らかい感触のイワナ。まるで掌の上で溶けるかのようだった。

 
カタ付近に定位するイワナを見つけた。アワセと共に飛沫があがった。


均整の取れた印象を受けるイワナだった。

 
先に釣れてきたイワナがこの場所の主ではなく門番とすれば、更に大きいイワナが居るはず、との読み。

 
続けて落ち込み左奥の筋を狙うと


思惑通りに、もう一尾がそこにいた。

 
このイワナはきっとお腹が空いていたのだろう。バッサリと、フライを飲み込んでいた。体側の白斑に僅かな赤みが差してきている感じ。


落ち込みから続く岸際の流れに二つの沈み石があった。囲うかのようになっているそのウケで、このイワナは流れ来るエサを待っていた。尺を越え貫禄を見せ始めたその顔。口まわりの肉が落ち始め、なんとも格好良い。

 この時、水温15℃ 気温は21℃と、やはり夏を引きずっている感じで、釣れてくるイワナたちはどちらかと言うと、痩せた個体が目立つ印象だった。
 夏バテから回復しようと食欲が旺盛なイワナが多い中、流れるフライには全く興味を示さないイワナもいた。水温はまだ高めの状況であり、産卵を意識するには時期が早いようにも思えたが、一部のイワナたちはすでに行動を開始しているように見えた。
 つい数日前までの猛烈な暑さが、己の感覚に色濃く残っていたのだが、釣り上って行くほどにイワナたちの仕草を見ていると、少しずつ秋を実感するのだった。

   
この日のイワナがフライに出てくる傾向は、流れが集束する辺りからカタにかけての部分がほとんどであった。落ち口でのアタックはほぼ無いに等しい。体側がほんのりと染まり始めている個体も多くなっていた。

 
白斑が橙色に染まり始めていた。

 
一段、二段、三段と落ち込みが続く。フライを白泡に置いて流す。泡が広がり消える辺り、その切れ目でイワナはフライを咥えた。白泡の下にいたから、なのかな?色白さん。

 
ヒラキの浅瀬に定位していた。白斑が良い雰囲気、いかにもエゾイワナと言う感じ。

 
秋の彩り。白斑が濃い橙色に染まったイワナ、美しい。暫し見惚れてしまった。出会えて良かった!

     
気付けば、流れが込み入ってきた。ちびっこたちとの出会いでお仕舞とした。時計の針は15時を回り、とうとう時間切れとなった。

 戻りは暫く藪の突破と岩場の川通しとなり、ゆっくりと下って1時間30分程を要すると思われた。渓流釣りは間も無く禁漁期に入るというタイミングでもあり、余りにも名残惜しいのだけれど、日のあるうちに余裕を持って帰着するのだった。


 さて、今回の釣行は、「あと1時間ほど詰め上がれば、辿り着けたかもしれない……」というところで時間切れとなり、当初目的の踏破まで至らなかった。そうなのだけれども、枝沢に寄り道したことで楽しみが増えたので、良しとしよう。この続きの詰め上がりはいつの日にか再チャレンジすることとして、2本の沢ともどもじっくりと味わってみようと思う。
 9月一杯を以って渓流釣りは禁漁期を迎えるため、今シーズンの川旅はひとまずはこれにてお終いである。

 この半年余りを振り返ると、新たな発見あり出会いあり、様々な感動や悦び、充実感や達成感に満たされていたと感じる。これだから、止められないのだ。来たるべき春が待ち遠しい!
 釣りはロマン、謎解きと宝探し!などと言ってはみても、全ては豊かな自然があったればこそ。自然に感謝!ありがとう!

THE ESSENCE OF FLY FISHING & THE ESSAY ON FLY FISHING vol.139/ T.TAKEDA
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