エッセンス オブ フライ フィッシング & エッセイ オン フライ フィッシング    vol.118 早くも源流のイワナ釣り/竹田 正

2021年06月11日(金)

仙台東インター店

 

 連日夏のような日差し、五月の初旬とは思えない気温の高さだった。記録的に早かった桜の開花から続くこの感じ、今年は殊更に季節の進みが早い。大型連休が明けてちょうど一週間、例年ならヤマメとイワナを狙って里の川で釣りをする時期である。
 今回の釣行スケジュールは三日間、その間の天候もまずまず良し、かつ気温は初夏のそれという予報である。水位は渇水へ向かっている状況。すでにわらびも顔を出し始めているし、源流方面に出向くのが時期尚早、と言う訳ではなさそうだ。ということで、ヤマメ釣りはひと休み。思い切って源流域のイワナ狙いに出かけることにした。今シーズン初の源流域の釣行は、一日1本ずつとして、合わせて3本の渓にアタックすることにした。


釣り人の心理、その先に―――
 初日の1本目は小手調べである。まだ水が冷たい場合に備え、日当たりの良い南東向きで、源頭の標高が350m程度と低めの沢を選んだ。とは言え岩盤質で深いV字谷の沢である。林道を奥へ奥へと進み、車止めから入渓した。
 いざ遡行を開始してみると、イワナからの反応がまるで無いのである。フライに出ないどころか、走る魚影も見えないのだ。入渓する際、すでに気にはなっていたものの、歩いてみれば、どこもかしこも先行者の形跡だらけ。水温や虫など諸々の影響もありそうだが、いずれにせよ、これでは厳しい。
 そこで念のための門番イワナの確認はしっかりと行いながら、ヒラキなどの定位位置はそこそこに、大岩や岩盤のエグレ、クロスバーの下などに狙いを絞った。丹念にフライを打ち込んで、何度も流して…。その様な手筈で探っていくと―――。


やっと出た、うれしい一尾。幾つかの小滝を越えてきたためか、しっかりとアメマスタイプのエゾイワナ。この一尾めを手にするのに1時間近くも使ってしまった。しかし次の退渓点までは進むしかない。

 流れの雰囲気が良くなり、そろそろ釣れ始めるかな?と期待し始めたものの、やはりアタリは少なく、たまに出たとしても極端に喰いが浅かった。それ故すぐにバレテしまう。
 遡行を続けるも、いよいよとやりきれない気持ちが強くなってきた。このまま遡行を続けても、この状況が劇的に良くなるとは、到底思えなかった。早いところ場所を変えた方が良い、そう考え始めていた。それまではひとつひとつのスポットに丁寧にフライを投げ入れていたのだが、ポイントを選別し多くをスキップし始めた。探るペースを上げつつ、足早に退渓点へと向かった。

 退渓後は車で集落まで下りた。沢を覗くと水量もまずまず良さそうだったので、この付近を釣ることにした。今回のテーマから外れてしまうが、これは致し方ない。つまり釣るのは里の渓流である。すでに他の沢へ移動し、その奥へ再アタックする時間は残されていなかった。

 再入渓は堰堤の上流から。ついでに覗いた堰堤下。その落ち込みの端にできる巻き返しに、大きな魚影を見つけてしまった。堰堤の上に乗り、真上から覗いているので、その動きは丸見えである。緩い渦に乗っている枝葉などから選り分けて、何かを吸い込むように、静かにライズを繰り返していた。
 本来ならば、「これはイタダキ!」の状況なのだが、高さ8m程の堰堤上からそのまま直に狙う訳にはいかない。堰堤直下の岸は切り立っていて立つこともできない。どうしたって、下流に回り込んで上がってこなければならないのだ。見つけてしまったからには、何としても、釣らねばならない。釣り人の心理である。
 いそいそと藪を漕ぎ、ぐるっと大回りをして沢を上ってきた。「しめしめ、まだライズしているぞ!」フライに手入れを施し、フライを投げる態勢をとった直後、ライズを止めてしまったのである。堰堤下プールの流れ出しから、細心の注意を払ってアプローチしたものの、やはり気取られたらしい。それも、あっという間に。わざわざ回り込んだのにもかかわらず、大失敗だ。もうキャストをするまでも無い。こちらを向いている魚は手強い、そのようなこと分かってはいる。悔しいのだが、完全にこちらの負けである。
 落胆しつつも「左奥に居たのだから、右奥にも居るのでないか?」と、軽い気持ちで先と反対側の隅にフライを投げ込んだ。すると、たまたまというか思惑通りというか、バッサリとフライが飲み込まれた。軽く合わせると、どしっとした重みが返ってきた。


堰堤下のプールでは、右と左でそれぞれに縄張りを作っていることは、良くあることだけれども。こうもあっさりと上手くいくとは…、の尺イワナ。こちらの気配を感づいた右岸の魚は、もうふたまわり程大きかったと思う。残念無念。

 尺イワナが釣れて気を良くしたところで、いよいよ遡行開始。小さいながらも、ちょこちょことイワナが顔を出す。あっという間に数尾をキャッチしたのである。程無くして小滝が現れた。ちょうど陽も傾き始めたという事もあり、ここで頃合いと退渓した。しかしこの状況、源流域と比べあまりに異なり、正直言って少し驚いた。上流へ上流へと目指す、釣り人の心理が窺えたのであった。


アメマスタイプのエゾイワナ。背部の白斑が明瞭だった。こんな雰囲気のイワナが釣れると嬉しく思う。


思うようにいかずも、思いがけずもあり―――
 二日目。大きな岩を縫って清流がほとばしる渓にやってきた。抜群の渓相でとても気に入っている沢である。比較的入渓しやすいところから遡行を開始した。ここも先行者の形跡が目立っていた。フライを打ち込みながら今日の様子を窺った。案の定、イワナの反応が薄いのである。本格シーズンに入ったということで、釣り人が入れ替わり立ち替わり訪れているようだった。それでもメイフライのハッチが始まると、イワナはぽつぽつとフライに反応するようになってきた。


川面を飛んでいる姿を見たときは「マエグロ?クロタニガワ?」と思った。捕えて見ると、マエグロヒメフタオカゲロウにしてはウィング前縁の斑紋の具合に強弱の波が無いし、羽化の時期がしっくりこない。クロタニガワカゲロウは顔に特徴があるのですぐに判別可能。実際のところは良く分からないけれど、ヒメフタオカゲロウの仲間ではないかと推測する。もっと良く観察しておけばよかった。
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 ハッチに合わせフライを交換、オリーブダンのパラシュート#12を結んでみた。狙いは的中した。フライに出てくれるようになったのである。しかし、喰いが浅いのがほとんどで、とてもバレやすかった。少々不満が残る状況のため、なんとか数尾をキャッチしたところで、まだ時間のあるうちに上流域への移動を決意した。


キャッチしたうちの二尾。白斑の感じはまずまず。二尾共に薄い着色斑があった。

 一時退渓後は車で大きく移動、林道を上流へ向かった。再入渓してみると、先ほどまで入っていた流域の状況がまるで嘘のようだった。淵とそのヒラキ、流れ出しにイワナの姿が見えた。しかもライズまでしているではないか。つい先ほどまで釣っていた下流域と比べ、かなり様子が違うらしい。
 繰り返される複数のライズを目の前に、まずは手前のヒラキに泳ぐイワナを狙った。いわゆる門番イワナである。これを上へ走らせると上のイワナ達は沈黙してしまうだろう。
 フロータントを施し、オリーブダンのパラシュートをそっと流れに乗せる。ゆらりゆらりと、何度も喰うそぶりを見せるイワナ。しかしながら、後もう少し、あとひと押しが足りないのだ。ならばと、イワナの「右側面やや後方にポトリ」と落としてみた。するとイワナは身を翻し、フライの下手へ回り込んでからバッサリと喰ってきた。


再入渓しての一尾目。門番のイワナ。

 次の狙いは淵の駆け上がり付近でライズしているイワナである。相手を驚かす事の無いよう、丁寧なアプローチとキャストを心がけた。しかし、わずか数投ではっきりした。このイワナは流れ来るフライの存在など、全く意に介さない様子なのだ。きっとティペットを見て「細長い枝か何かが流れてきた」そう考えているに違いない。
 淵の中程は極めて緩い流れであり、イワナは慌ててエサを追いかける必要はない。増してゆったりと動きまわりながら、何やらかなり小さいものだけを選んで食べているように見えた。セレクティブなイワナを釣るのは面白いもの。釣れてくれば、それこそしてやったりだ。そこでティペットに8Xを付け足し、フライは#20のCDCパターンを結んだ。
 狙いやすい位置にイワナがやってきた。「これならあっさり喰ってくるだろう」と自信を持ってフライをキャストした。流れの筋にピタリと決まり流れ来るフライ。「さあ喰うか!」と思いきや、これもまた見事にスルーされてしまったのである。
 さて、この状況にどう対処するか。「ミッジパターンを駆使するのも楽しいのだけれど、景色はそろそろ夏っぽい雰囲気。ここはポトリ作戦でいってみよう」と決めた。先ほどのイワナと同じような喰わせ方であるが、より積極的に行うのである。
 ティペットを5Xに戻し、フライは#10ライツロイヤルに結び替えた。このフライ、「誘いの振り向かせ釣法」に適しているのだ。流れに定位することなくイワナは自由に泳ぎまわり、「両眼」を使ってエサやフライをしっかりじっくり見る事が出来る状況である。ならば、そうはさせないのだ。
 イワナの側面後方へ付かず離れずの距離に、適度な存在感を持って、フライを「ポトリ」と落とす。「片眼」でフライを捉えさせ、「着水音の刺激」も側線に伝わるであろうことも、同時に期待するのである。更にフライの着水後に間髪入れず、下流へ逃げるようにフライを引っ張るのだ。つっと滑らせるように、ほんの少しだけ。フライはイワナから離れる方向へ動くので、ティペットを見切られる恐れも少なくなる。これが上手くいくと、イワナは身を翻してフライに襲い掛かってくる――。


「誘いの振り向かせ釣法・ポトリ作戦」は見事に成功、してやったり。良く食べているらしく、お腹がふっくらの健康優良児のイワナ。


同作戦で立て続けにもう一尾。白斑が青みがかっていて、とても美しかった。

 運良く三尾を仕留めることができた。他にも泳いでいるイワナは居たのだが、ここで粘りすぎると時間が足りなくなってしまう。もっと釣りたい気持ちをぐっと抑え、退渓予定の滝に向けて遡行を開始した。
 釣り上がっていくと、ここぞという流れには、必ずイワナの姿が見えた。落ち込み前のカタや、小淵のヒラキで定位しているのだ。大岩を一段上がる度に楽しめるこの状況、これぞ沢のイワナ釣り。醍醐味のひとつである。


イワナのコンディションは全て良好。皆、良く食べている様子。

 イワナ達は小気味よく釣れてくる。すると、ついつい夢中になってしまうのだ。ふいに左手に痛みが走った。大岩連続、巨岩も時々という渓相、どうしたって手を着きやすいのだ。思わぬところでアイコに触れてしまったらしい。


ポピュラーな山菜のアイコ、ミヤマイラクサ。チクチクイライラ、刺さった棘はとても気になるため、沢水でごしごし洗うが気休めだ。熱水には良く溶けるので、調理して食べる際には問題無い。アイコに限らず手などを傷める要因はいろいろある。左だけでも、面倒がらずにグローブをしておけば良かった。


そのチクチクイライラも忘れてしまうくらい、にわかにイワナの反応が良くなってきた。 

 気付けば状況に変化が起きていた。グレイスピナーが群飛していた。スピナーフォールが始まりつつあり、これにつられてイワナが騒ぎ始めたのだ。フライはライツロイヤルのままだったが、キャストする度にイワナが水面を割って出た。いわゆる入れ食いの状態、釣り人幸せホルモンが噴出してしまった。


ちょっと気になって、帽子を使って捕えた。グレイスピナーの正体はタニヒラタカゲロウだった。


落ち込みぎりぎりでフライに喰いついてきた。

 16時過ぎ、思わぬところで始まったスピナーフォール。その恩恵を受けつつ遡行していると、ついに滝に到着。時刻は17時を回っていた。滝壺に大物が潜んで居ないか試してみたものの、全くの音沙汰無しだった。贅沢にも「あのスピナーフォールのタイミングでここに辿り着いていたら、エキサイティングな時を過ごせたかもしれないなあ…」などと考えつつ、退渓した。
 後になって、クモの巣に捕らわれていた黄色のメイフライの事を思い出した。きっと、あれはタニヒラタカゲロウのダンだったのだ。もっと観察しておけば、このスピナーフォールを予測できたかもしれない。
 自然が相手の釣りである。「思うようにいかずも、思いがけずもあり」ということで、沢釣りを堪能できたことに感謝である。


緑光のヴェール、至福の時―――
 三日目の最終日に入渓したのは、難儀することなく入渓できるものの、ひとたび遡行を始めると次の安全な退渓点まで釣り上がって約2時間、その先の安全な退渓点は更に4時間程度かかる深い渓谷。良く釣れてなかなか前に進めない時などは、その退渓ポイントまでトータルで優に8時間以上はかかってしまう。藪で釣りが出来なくなるところまで釣り上がるとなれば、更に時間が必要となるので一日で全域を釣り切るには無理がある。
 この二日間の状況から、季節の進み具合をもう少し確認したくなった。この沢、普段なら初日か中日に入渓するのが安全策なのだが、時間的・体力的に少々きついのは覚悟の上で、急遽入渓することにした。

 まだ水が冷たい朝一番にも関わらず、入渓してわずか数投でご機嫌な挨拶が来た。釣れてきたのは―――。


水が冷たく、魚を支える掌が痺れてくる。全体的にはイワナ寄りの印象だが、口元はヤマメのそれに見える。フライへの出方も、更に言えば、きりもみする走り方も、ヤマメに似た感触だった。今シーズンが始まってカワサバと出会ったのは、これで二度目である。
関連記事 vol.90いろいろなイワナ。カワサバ。

 釣り始めのカワサバはあっさりと釣れてきたものの、それ以降、暫くイワナの出が悪かった。まだヒラキに出てきていないのだ。普段ならテンポ良く釣れてくる事が多いのだが。「やっぱり入る時期が早すぎたか?ニンフに替えてじっくり探りを入れるか…」などと考えていると―――。


壺のように深く、大きなお風呂くらいの小さな淵。その流れ込み。イワナは白泡の脇からしゅぽっとライツロイヤル#10を咥えこんだ。口先に掛った危ういフッキング。取り込むとすぐに鈎がぽろりと外れた。

 長淵の流れ出しにはイワナが定位している事が多いのだが、この日は一尾も見当たらなかった。多い時は三尾以上の門番が構えていることもある。じっと目を凝らしてみていると、7~8m上流左の岩盤沿いに定位しているイワナが見えた。その泳ぎっぷりから、フライを岩盤沿いに流せば一発で喰ってきそうな雰囲気だった。果たして実際のところ、そうなったのだ。しかし、食いが浅かったのか、アワセが早かったのか、ロッドを握る右腕には何の手応えも無かった。そのイワナは何処かへと消えてしまった。
 「やっちまった!」落胆しながらも反対側の右の岩盤を眺めていた。はっきりとは見えないのだが、どうもそれらしき影が揺らいでいる気がした。濡れそぼったフライを整え、波間に見え隠れする影らしきモノに向けてキャストした。フライが流れに乗ると、すぐさま水面が割れた。


惚れ惚れとする見事な魚体。青みがかった白斑とその並び方、実に美しいと思う。いつまでも眺めて居たくなる。


膝ほども無い浅い流れから、イワナが顔を出すようになってきた。

 イワナの反応が良くなってきたと感じ、時計を見ると昼を過ぎていた。一息入れながら辺りを見回すとタニヒラタカゲロウとキブネミドリカワゲラのハッチが始まっていた。昼食後、フライをパラシュートパターンに結び替え、手返し良くどんどん釣り上がった。


羽を大きく広げて、岩の上をちょこちょこと歩きまわっていたキブネミドリカワゲラ。
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いよいよ水温が上がってきたか。すこぶる反応が良くなってきた。一段上がる度、キャストする度に釣れてきた。このリズム感、沢の源流釣りの気分が良いところ。そうなってくると、自ずと集中力も上がってくる、キャストも決まる。結果、フライも生きてくるのである。


新緑は深緑へと…、季節は遷ろう。辺り一面、空間までもが柔らかな緑光のヴェールに包まれる中、イワナが踊る。空は見えないけれど、快晴であろうことが窺い知れる。

 至福の時というものは、願う程は続かないらしい。徐々に、釣れてくるペースが落ちてきた。気付くとすでに16時、少しオーバータイム気味である。そろそろ集中力も途切れかかっていた。退渓点はもうすぐそこである。まだ釣るべきポイントは数多くあるものの、この三日間歩き続け、足も重くなりかけていた。この辺りで潮時だろうと、潔く竿を畳むことにした。
 ふと目に入ったワサビの葉。ありがたい。大ぶりで柔らかそうな葉の一本を採り、沢水で洗って口に放り込んだ。噛むほどに、爽快な辛味と風味が口一杯に広がり、鼻をくすぐった。スッキリとリフレッシュ、ワサビの恵み。お陰で足取りも軽く退渓することができた。


 今回も楽しく沢釣りをすることが出来ました。釣れてきたイワナ達のコンディションは良好で、すでに季節が始まっている事を告げていました。もちろん釣れたイワナは全てリリースしています。こうして楽しめるのも、絶えることなく命を繋いでいるイワナ達がたくさん居てくれるおかげ。これからも大切にしたいと思います。
 三日間、沢を歩き続けたお陰で、ようやく足腰も馴染んできた感じ。日を追うごとに足さばきが軽やかになっていくのが実感できました。私、これにて沢歩きシーズンの足慣らし、準備完了です。さて、また出かけるぞ!山に川に、自然に感謝!ありがとう。

THE ESSENCE OF FLY FISHING & THE ESSAY ON FLY FISHING vol.118/ T.TAKEDA

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