タカオの旅日記~山旅編 熊野古道 小辺路~

2019年06月13日(木)

名古屋守山店

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バスを降りると本降りの雨。

大阪から電車とバスを乗り継いで到着した和歌山県の高野山。

ここは弘法大師が開いた仏教の聖地。そして熊野本宮大社に向かう為の道、熊野古道「小辺路(こへち)」ルートの出発点なのだ。

昨年、熊野古道の一つ、大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)を歩いてきた。

修行の道にふさわしくアップダウンの激しさ、100Km近い長距離と大変厳しいルート。しかし厳しいだけでなく自然の奥深さ、また自然とそれに関わる人の歴史を感じられる素晴らしい風景と、昔の人々の生活や思いを感じられるような道は雄大な自然の中だけでは感じられないものを感じられ、すっかり熊野古道に魅了されてしまった。「大峯奥駈道」が修行の道だとすれば「小辺路」は巡礼の道だといわれる。どんな道なのか楽しみだ。

高野山は、半日から一日かけてもじっくり回りたいほど魅力のある場所。本来ならば前日に宿坊にでも泊まり少しでも参拝したいところだが今回は通過するだけ。今回は先を急ぐのでまたの機会に。

メイン通りはあいにくの雨でも外国人を中心に観光客が多い。

しかし、そこから脇の道に入ると地元の人々の生活も感じられる通りに。更に金剛三昧院を過ぎると民家もなくなり、やふがて整備された遊歩道といった感じの道になる。

雨は降ったり止んだり。

小降りになったかなと思うとまた強く降ったりして雨具を脱がせてくれない。

やがて畑や石垣が現れて舗装路にでると大滝集落。民家の間を抜けていく。

 
再び山道に入ると今度は交通量の多いスカイライン。更に山道。そして林道。そしてまた山道

防水とはいえローカットのシューズの内部も濡れてきた。スパッツを持ってこなかったことが悔やまれる。

やがて舗装路になり、大股に着いた。ここは伯母子岳への登山口にもなっており、公衆トイレやバス停、民宿もあるとのことだ。

ますます強くなる雨の中、集落の間を通り、再び急登の山道を歩く。

しばらくいくと萱小屋跡にある避難小屋に到着。 今夜はここに泊まらせていただくことに。

小屋には大阪から来た2人組みの先客。

更にまたボクの後には東京からの2人組み。計5人で小屋はほぼ一杯になった。

もちろん皆「小辺路」ルートで熊野本宮大社を目指すとのこと。

こんな季節の平日に同じ目的の人間が集まるとは。。。思いがけない交流に登山の話しなどで盛り上がる。お酒やおつまみもすすめられてほろ酔い気分。

夜になるとますます雨足は強くなった。

歩行距離 約18km

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快適な小屋でよく眠れた。

昨夜はイビキで迷惑かけてなければ良いが・・・といってもこちらから尋ねるのもアレだし。。。

昨夜のうちに雨を降らし終えて気が済んだのか、雲間の切れ間には光りも見える。

昨日の雨でシューズとソックスはびしょ濡れなので防水ソックスに履きかえる。

うん快適、濡れは感じない。濡れたシューズやザックに外付けにしたソックスも乾くだろう。

今日は伯母子峠、三浦峠といった1000M越えの峠を2つ越える小辺路でもハードルート。幕営地もまだ決まっていないのでどこで行動を終了するか未定。とりあえず十津川温泉を目指し、暗くなる前にどこか良い場所がみつかれば良しとしよう。

 
伯母子岳山頂は展望良し。山頂のつつじも満開で歓迎してくれているようだ。

宿場のあとや石像がそこかしこに存在する。かつては多くのひとが生活と巡礼の為に通った道であると実感。

舗装路に出ると民宿や自動販売機の看板などが現れた。舗装路歩きはより暑さを感じる。

ここ奈良県十津川村五百瀬(いもぜ)は静かな山間の集落だが平維盛や大塔宮護良親王など平家物語や太平記など歴史に名を残すような人物にゆかりがある地とのこと。

歴史に名を残した皇族や武士、また多くの無名な巡礼者、庶民など様々な人が様々な目的で歩いた道を自分も歩いているのだと思うと感慨深い。

三浦のバス停を過ぎ「三浦に湧水」で喉を潤し再び山道に入り急登を登りきると三浦峠に到着。あずまやとトイレがあり、ここでもテント泊できそうだが先を急ごう。

山中に突如現れる杉の巨木はこの地で旅人の為の旅籠も営んでいたといわれる「吉村家跡の防風林」

幕営の候補地に挙げていた矢倉観音堂は斜面しかなく諦め、西中の集落まで下山。西中にはバス停や酒屋もある。幕営できそうなスペースを捜しながら舗装路を歩く。18時過ぎ。日が延びたとはいえ暗くなってきた。急ごう。

やがて河原に降りられる道があったので、河原にテントを設営。

やれやれ。。。 ほっとする瞬間。

今日は一日長かった~。満点の星空 明日も晴れそうだ。

歩行距離 約31km

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河原の為、テントは夜露でびっしょり。

5時半に出発。十津川温泉まで長い舗装路を歩き続ける。途中郵便局などもある。早朝なので当然人気はないが時々車やバイクとすれ違う。すれ違い様に会釈をしてくれる人が多くうれしい。こちらも会釈を返す。

十津川温泉の「昴の郷」という施設から主要道路をはずれる。

ここで缶コーヒーで一服。 ウ、ウマイ。。。

その先の吊橋はやや恐い。。。揺れるし板の間から下は見える。

急な石畳の道。風情のある道を歩く。

やがて果無集落。

果無(はてなし)

なんとも変わった地名で旅情をそそられる名前の響きに以前から来て見たい思っていた場所。

伝承によると

~果無山脈にはある怪物が棲んでいた。その怪物はハテ(年末20日過ぎ)になると現れ、旅人を喰ったことから、峠越えをする者がなくなった(ナシ)という。ここからハテナシの名がついたという。~

田植えをしたばかりの水田。猛禽類が超低空飛行で餌を探している。

田畑も家もあぜ道も手が入っており、美しい山村の風景。

熊野古道は民家の間、というか敷地内を通る。

ひと気が感じられないが(どこも)、旅人の為に(たぶん)水場が用意されている。花も添えられており旅人を歓迎してくれているのを感じる。

普通の道の脇にある世界遺産の碑を超えるとやがて果無峠にむかう山道に入る。

きつい登りと暑さでバテバテだが西国三十三観音が2~300Mおきにあるので(33体!?)前に進んでいる実感を感じられるし、なにしろ表情にそれぞれ違いがあって、次はどんな観音様だろうとついつい期待してしまう。

 
途中には熊野川、本宮町が見えるスポット。

展望のない果無峠を過ぎ急な道を下り終えると舗装路に出た。

熊野川は一昨日の大雨の影響でかなり濁っている。ダムの放水もしているようだ。

炎天下の舗装路をしばし歩き、熊野古道の「中辺路」ルートに合流すると風情ある石畳の道になる。関所の跡や石碑なども歴史を感じる。

熊野本宮大社に到着。

今日はもう遅いので改めて明日朝に参拝することにしよう。

バスでキャンプ場まで移動して河原そばのキャンプ場へ。

温泉も近くにあり、とても快適なキャンプ場だった。

歩行距離 約26km

 
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翌朝、再びバスで本宮大社に移動。改めて本宮大社に参拝。無事到着の報告とまたここに来られることをお願いした。

今回の総歩行距離は約65km。3泊4日(山中2泊3日)の旅でした。

峠や山をいくつも越える登山的要素はありながらも標高も低く人の暮らしに近い里歩きも多い。また民宿や温泉も利用できることから「旅」的な要素の多いルート。熊野古道にはほかにもいろいろなルートがあり、ますます熊野古道の魅力にはまってしまいそう。

ここ熊野神社で祀られているのが「八咫烏(ヤタガラス)」

神武天皇が山中で迷われたときに現れて導いてくれた3本の足をもつ鳥で神の使いであるとのこと。

山中でよく道に迷い「導きの力」が欲しいボクは迷わずこのお守りを手に入れた。

ご利益がありますように。。。
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