エッセンス オブ フライ フィッシング & エッセイ オン フライ フィッシング    vol.127 「何やら見かけないヒラタ ―― ミチノクオビカゲロウ?」の棲む沢①/竹田 正

2022年07月08日(金)

仙台東インター店


 以前 【 vol.122 キイロガガンボカゲロウの棲む沢 】にて、2種類の珍しいカゲロウとして「キイロガガンボカゲロウ」と「オビカゲロウ」を紹介したことがある。その記事の中で「オビカゲロウ」について、以下のように紹介している。



その当時に撮影した写真。このカゲロウを現場で見た時の印象は「何やら見かけないヒラタだな~」という感じだった。早速、検索図鑑で辿ってみると、どうやら「オビカゲロウの一種らしい」という結果に行きついた。面白いことに、このカゲロウは、オビカゲロウの一大特徴となる前翅の黒い帯紋が見当たらないのである。取りあえずの呼び名を付けるとすれば、ありきたりではあるが、「オビナシオビカゲロウ」とか「ムモンオビカゲロウ」といったところか。再度この沢に入る機会があれば、幼虫も含めいろいろ観察したいと思う。


 以上のように、このカゲロウを初めて目の当たりにした当時、検索図鑑ではオビカゲロウ属の一種(山形県産)として扱われ、このカゲロウには未だ名前はついていなかった。それが昨年の2021年、ついに命名されるに至ったという。つまり、新種として記載されたのだ。私がそのことを知ったのはつい最近のことであった。
【ミチノクオビカゲロウ】
なんとも粋で、とても良い名前ではないか。このカゲロウに遭遇したのは過去一度だけ。梅雨の最中、6月下旬のことであった。
「ミチノクオビカゲロウかあ。時期が来たら、もう一度この目で確かめに行かないと……」



 渓が流れる山々は新緑から深緑へ、待ち遠しかったその季節がついにやって来た。さしあたってのスケジュールは2日間とし、1日1本、2日で2本の沢を詰め上がり、イワナを釣りながらカゲロウを探す計画を組んだ。いずれも源流域の沢のため、沢固有の特徴を備えているイワナが釣れることが期待される。そのため、以前より調査を続けている「整列型エゾイワナ」や「ムハンイワナ」などに関する知見を得ることも釣行の目的となる。
 自然が相手のこと、丁度良く羽化のタイミングを捉えることができるかどうかは、行ってみなければ分からない。このカゲロウの羽化が始まるであろう6月中旬、岩手のとある沢を再訪した――。

 釣行初日、この日は雨がちとなる予報が出ていた。梅雨入りするのか、しないのか。はっきりしない気圧配置が続いていた。季節がら、しとしと降る雨であれば歓迎できる範囲であるが、できれば青空の下でのびのびと釣りをしたいものである。ありがたいことに、現地に到着する頃には晴れ間が広がってきた。しかし、季節外れの冷え込みが気がかりだった。朝方の気温が9℃しかなかったのである。入渓準備が整う昼近くでやっと13℃という有様だった。あまりに寒く、カゲロウやイワナの活性が落ちているものと思われる状況で渓に踏み入った。
 


 入渓直後のこと。どこから釣り始めようか、様子を窺いながら沢を歩いていた。すると、日当たりの良い大岩の苔の上に留まっているカゲロウが目に入った。まだフライはガイドに掛けたまま、キャストの準備すらしていない時だった。周囲を見渡してみたものの、他に飛んでいるカゲロウの姿は見当たらなかった。
「タニヒラタ?ウエノ?」遠目に見た感じではそのように思えた。このカゲロウが飛んで行ってしまう前に近づき、とりあえず写真を撮ろうと覗き込んだ。
「ん……ちょっと違うか?」偏光グラスを外し、今度は裸眼で良く見てみると……。


このカゲロウを目にした瞬間はタニヒラタカゲロウかウエノヒラタカゲロウ?と思った。しかし、良く見るとやけに色が濃いし翅の色も異なる感じがした。もしやと思いカメラを取り出し、撮影した画像を拡大して見てみると、事実は明白だった。


亜成虫 ♀ 後翅は縦長で横幅の2倍以上ある細長い形状。前翅の黒い帯紋は無し、翅脈は明瞭な印象。腹部背面側に濃い褐色の帯状の紋がある。本来2本ある尾毛の1本が脱落していた。


以前見かけたのはスピナーのメスだった。今回はダンである。

「これ!オビカゲロウ、帯無し!やっぱり居た!これがミチノクオビカゲロウなのか?」あまりにあっけなくも唐突な再発見だが、思わず歓喜の声が出ていたと思う。
「次はオスを見つけられれば……」などと考えつつ、釣り上りを開始した。この調子なら他にもすぐに見つかるだろうと思っていた。ところが、近くに他のオビカゲロウが飛んでいても良いはずなのに、その姿は無かった。


この日の1尾目、色白で可愛いイワナ。規模の小さな沢であり尚且つ棲息密度も高いため、小型のイワナが釣れてくることが多い感じ。オリーブダン#12パラシュートに迷わず喰いついてきた。


「ミチノクオビカゲロウ」探しの気分に合わせて、それっぽいフライに結び替えて釣り上ってきた。結んでいたのはボディが橙色に透けるように巻いたライトケイヒル系#12パラシュート。本来、ウエノヒラタカゲロウのハッチに合わせて使用するのだけれども。イワナがフライを選ぶそぶりは見えず良い感じで喰いついてきた。しかし、寒さの影響は若干有りと見た。ゆっくりとしたアワセをしないとバレることが多かった。水温は9℃だった。


イワナは順調に釣れてくるものの、目的のカゲロウはその姿を見せることはなかった。その他のカゲロウ類の羽化も見かけなかった。


かなり痩せているイワナ。尾鰭上部と尻鰭にかじられた様な痕跡があった。縄張り争いに敗れ、エサ獲りに不自由しているのかもしれない。


おや?と思った個体。これも整列型として捉えるべきなのだろう。まるでサイコロの五の目のように白斑が連続してきれいに並んでいる。これに似た配列の白斑を持つイワナを、どこかで見かけた気がしたが、思い出せない。


浅めの淵。イワナに気取られぬように遠目からのアプローチ。ゆるゆると流れ来るフライをそっと吸い込んだ。


気になる白斑を持つイワナが釣れてきた。そしてお次はこの日一番の色白さん。


夕刻が近づくと大きめのイワナが釣れてくるようになった。この頃にはすっかりと、カゲロウ探しを忘れているのだった。


この日ラストのイワナ、今日イチバンの格好良さだった。



 
 釣行2日目。文明の利器である携帯端末は電波エリア圏外のため、ここでは役に立たない。それでも、トランジスタラジオは乾電池1本で良い仕事をしてくれるのだ。山釣りでは毎度のことである。
 ラジオ放送の朝のニュースでは、昨日の気温は平年を大きく下回りとても寒かったこと、今朝の気温は冷え込みから戻りつつも平年より低めだったこと、そして本日午後からは雨が降り始めその後時折強く降るという予報を伝えていた。
 今のところ穏やかな空模様だが、どうやら時間に余裕を持った釣りはできないらしい。恐らく3時間もできれば良い方だろう。天候の急変や強雨も念頭に置いて、入渓区間を変更した。テキパキとした遡行を心掛けつつイワナを探すことを優先し、思うように探すことができなかったカゲロウのことは心残りであるが、ひとまず保留か二の次とした。


この日も寒く、吐く息は白かった。6月中旬でこの寒さ、北海道釣り遠征を繰り返していたころを思い出す。雨および保温対策をしっかりと整え、渓へと踏み入った。空色の体が美しいニホンカワトンボも、この寒さで動きが鈍いのだろうか。苔むす岩の上でじっとしていた。


二俣から遡行を開始。するとすぐに藪が濃くなった。小さなスポットから一尾目のイワナ。良く食べている様子で、体は小さくとも立派に育ってきている。


こちらもちびっこだが、気になる個体。背部には斑紋があるが、体側の白斑はまるで無いように見えるくらい不明瞭でかつグレーがかっていた。


カタにもヒラキにもイワナの姿が見えない。さりとて左岸岩盤の際にも着いていない。落ち込みから流れの筋を流しても新仔のイワナがフライを突くだけ……。残るはここしかないと、ピンポイント目がけてキャスト、フライが水面に落ちるや間髪入れず、ぎゃぼっ!結局のところ、釣れたイワナが潜んでいたのは正面にある落ち込み、その横の岩盤の切れ目、わずかな窪みだった。


落ち込み脇、正面の岩盤の際ギリギリにフライを落とすと……一発だった。


写真を撮り終え一息入れていた時、とうとう雨が落ちてきた。ポツポツ、降り止んではまた、ポツポツ。予報通りだった。


気温が低かったので、びしょ濡れになると結構辛いことになる。風も吹き始め、そろそろ本降りとなる気がしてきたところで、このイワナを最後に退渓を開始した。

 退渓途中、時間の経過とともに次第に雨粒が大きくなってきた。遡行時間は4時間少々だが、手間のかかる小渓のため、大した距離の移動はしていない。計画通りに雨足が弱いうちに退渓を完了できた。もう少し粘って退渓開始が遅れていたら、その後に訪れた冷たい強雨に全身を洗われたことだろう……。

 さて、目的の「ミチノクオビカゲロウ?」を再発見できたことは幸運だった。しかし、初日の入渓時の1個体のみという結果は残念であった。そもそも局地的分布とされ、生息数がとても少ない可能性が高いのである。そう簡単に見つけられるものでもないのだろう。ニンフは滝の飛沫帯など特殊な環境で生活し、その生息範囲はごく狭いことが予想される。その他様々な条件を考慮すると、他のヒラタカゲロウとは生活様式などが異なるものとして、大幅に視点を変えて探す必要がありそうだ。

 ところで、少しばかり言い訳をすると、釣りをしながらカゲロウを探すのは、少々無理があった。やはり、いつの間にか釣りに夢中になってしまった。しかしながら、気になる白斑を持つイワナも釣れてきているので、まずは良しとしよう。大自然とたくさんのイワナたちに感謝!ありがとう!


THE ESSENCE OF FLY FISHING & THE ESSAY ON FLY FISHING vol.127/ T.TAKEDA

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