エッセンス オブ フライ フィッシング & エッセイ オン フライ フィッシング    vol.122 キイロガガンボカゲロウの棲む沢/竹田 正

2021年09月17日(金)

仙台東インター店


 アユ釣りがひと段落した八月の末のコト、本流域を離れひと月ぶりに渓へと足を運んだ。渓流釣りが禁漁となるまで、およそひと月。今シーズンの総まとめに本腰を入れる時期がやってきた。

 釣行直前に降った雨の影響で、目当てにしていた流れはやや増水気味だった。「この感じでは遡行に難儀する場面が多そうだ……」と、幾つかの渡渉が厳しいポイントが思い出された。それならば支流の具合はどうかと、気になる支流のいくつかを覗いて回ることにした。
 ここ何年か入っていない、ある支流の流れに目が止まった。「本流との出合いがこの程度なら、源流方面は丁度良い塩梅かもしれない」大した根拠も無かったが、直感的判断で林道に向けて進路を取った。

 車止めまで向かうその道中、久しぶりに見る沢の景色は相変わらずの良い雰囲気を保っていた。水量も申し分無い。渇水からの増水、そして引き水という好条件も手伝って、自ずと期待が高まっていた。
 今となってはこの沢も、堰堤までの下流域はヤマメとの混生である。ご多分に洩れず、この沢も下流からのヤマメの進出が著しいのである。今回はイワナに狙いを絞り、堰堤上流の山道を使って入渓することにした―――。



 次々と現れるポイントにフライを落とし流していくものの、入渓点付近ではイワナからの反応は皆無だった。「あれれ?おかしいな」と思いつつも、程無くして淵尻にイワナを見つけた。まずは小手調べではあるのだが、狙って釣る気は満々である。そっとドライフライを落としてみた。定位しているイワナへ、ゆるゆるとフライが流れていく。「さあ喰うか!」というタイミング、ティペットの僅かな挙動でイワナはびゅっと遁走、僅か一投で白泡に隠れてしまった。「ん~、何てこった今日は厳しいかもしれない」これがこの日の始まりだった。


 つい先日までは夏休みだったとあって、その間に多くの釣り人が訪れていたのだろう。暫く釣り上がって行っても、これといった反応が得られずにいた。予想通りの苦戦模様である。
 ヒラキに定位するイワナは見当たらず、遡行中に足元から走るイワナの姿を見かけることも無かった。入渓してからすでに30分以上が過ぎていた。少しばかり焦りも感じ始めていた。

 水温は12℃だった。盛夏に比べると幾分下がってきたかという程度で、特段の問題は感じられない。今日のイワナは活性が乏しいのか、そもそもイワナが居ないのか。今置かれている状況を判断する目論見で、ドライフライからウエットフライに結び替えた。
 ひと手間を減らすため、ヒラキを探るのは止めた。落ち込みから白泡にかけて、その下に潜り込んでいるであろうイワナを探し始めた。しかし、すぐにはアタリが出る事は無かった。
 「どうも魚影が薄い感じがする。思い切って沢を変えた方が良いのか?」迷いつつも、我慢の遡行を続けていた。やがて、かすかにではあるが、イワナの気配が感じられるようになってきた。


落ち込み白泡に探りを入れ続けた結果、小さいながらもようやくの一尾目がきた。#8グレートセッジをしっかりと捉えており、明確なアタリも頷けた。これを皮切りに、イワナが顔を出し始めた。釣り始めてから、かれこれ1時間も要していた。



 釣り上がるにつれ、ヒラキに定位するイワナも見え始めた。これは良い兆候である。ウエットフライでイワナの居所を探す必要は無くなった。ドライフライに結び替えて誘うだけである。すると、思惑通りに立て続けにイワナが釣れてきた。
 この調子なら、沢を変え無くとも良いだろう。遡行は続行、為すべきは可能性の高い流れに絞り、テンポ良く釣り上がって行くだけである。


リズミカルにキャストを繰り返し、次々とポイントを打って行く。立て続けにイワナが釣れてくる。入渓点から大分登ってきたこともあり、この辺りから釣り人が入っていなかったのかもしれない。迷い、疑いつつも、遡行を続けた甲斐があった、ということである。


沢釣り特有の心地良いリズム感が甦って来た。久しぶりの感覚だった。


いずれのイワナにも着色斑は見当たらなかった。




キイロガガンボカゲロウ スピナー♂
細長い腹部、それに比して長い脚、尾も長い。後翅はごく小さく見えないくらい。前翅の前縁が黄色みを帯びている。本来尾は3本だが1本が脱落していた。

 キイロガガンボカゲロウは大船渡市や住田町の他、東北地方の一部でその生息が確認されているとのことだが、その生息範囲はごく狭いものらしい。夏頃になると、私が釣り歩く小渓流源流域で見かけることがあるものの、全国的に見れば希少種と言えるだろう。今回、写真に収めることが出来て幸運だった。
 現在のところ、その分布は限られた地域であるとは言え、調査研究が進んでいない分野だけに、同様な環境があれば他にも生息地があるものと考えるのが自然だろう。
 フライフィッシングにおいて、このカゲロウが重要視されることはまず無いと思うが、夏季に羽化期を迎えるカゲロウ類は少ないこと、源流域において良い環境が安定して保たれていることの指標にもなり得ることから、三陸地方の小渓流を釣り歩くのであれば、覚えておいて損は無いと思う。




 序盤の不調が嘘のように釣れ続いていたため、夢中になり過ぎた。気付けば昼飯がまだだった。時計の針は14時を回っていた。せせらぎを聞きながら食べる握り飯は格別なのである。飯も忘れるくらい釣りに没頭しているから余計である。しかし、退渓時刻を考えるとそうのんびり休んでもいられない。ぱっぱと済ませてすぐにロッドを握り直す。
 遅い昼食の後も釣り上がりは順調、せっせと詰め上がって行くと、型の良いイワナが混じるようになってきた。


小太りの感じがするイワナ。発育が良い。


元気が良い若いイワナ。大きく育ってほしいと願う。


この二尾は同じ淵から釣れてきた。二尾目はかなり年老いた印象だった。産卵期はこれからというのに、まるで産卵活動後を思わせる魚体であり、ちょいと驚いた。鰭は荒れ、痩せ細った体、肉が落ちた顎……。貫禄を通り越して――何と表現したら良いのだろう、畏敬の念に堪えない、その様な気持ちになった。イワナの寿命は6年、長くて8年程度と言われている。想像するに、体の傷を癒したり鰭を再生する体力は残されていないくらい、高齢のイワナなのだろう。よくぞここまで。


忙しい程に釣れ盛ってきた。そろそろ日が傾き始めてきたことも、その要因としてありそうだ。


ここまで白斑が小さめのイワナばかりだったが、白斑が大きめアメマスタイプの個体も現れた。いずれのイワナも良く育ち、尺までもうすぐ。皆良い面構えをしていて、格好良い。そろそろどこかで、尺を超えるイワナがぽんと出てきそうな予感がしてきた。果たしてその予感はすぐに現実のものとなった。


水中に木の根が張り出し、そこの流れにヨレれができていた。そのヨレに着いている黒い影を見つけた。投げ入れたフライは間髪いれずにばっさりと飲み込まれ、右の口角をがっちりと捉えていた。いよいよと厳つい表情を見せ始めているこのイワナ、いったい何歳なのだろうか。

 この日一番の大物を手にしたところで、ふと時計を見るとすでに17時を回っていた。かなりオーバータイムである。とっぷりと暗くなる前に急ぎ川通しで戻らなければならない。まだまだこの先も素晴らしいイワナが棲む流れが続く。退渓するときは、何時だって心残りな気分になるものだ。


 さて、ガガンボカゲロウが登場したところで、珍しいカゲロウをもう一つ。今回入渓した沢からひと山ふた山越えて反対側、そこに流れるとある沢の源流域で、オビカゲロウの仲間と思しきカゲロウの成虫を見かけた事がある。
 オビカゲロウの幼虫は常に水飛沫が当たったり、清水が染み出していたりする、湿潤した岩の表面などに棲息するとされる。言うなれば、他の水生昆虫と競合しないであろう、かなり特殊(過酷とも言いかえられる?)な環境で生きていることになる。さすがに釣りの途中で、その幼虫を探すことまではしていない。川や湖などたっぷりと水のある環境に生きているカゲロウと比べるとあまりに変わり種であり、このカゲロウも生息に必要な環境は非常に限られているのが窺い知れる。


その当時に撮影した写真。このカゲロウを現場で見た時の印象は「何やら見かけないヒラタだな~」という感じだった。早速、検索図鑑で辿ってみると、どうやら「オビカゲロウの一種らしい」という結果に行きついた。面白いことに、このカゲロウは、オビカゲロウの一大特徴となる前翅の黒い帯紋が見当たらないのである。取りあえずの呼び名を付けるとすれば、ありきたりではあるが、「オビナシオビカゲロウ」とか「ムモンオビカゲロウ」といったところか。再度この沢に入る機会があれば、幼虫も含めいろいろ観察したいと思う。


 渓流魚が主食とするのは水生昆虫であり、それを模したフライで釣るのがフライフィッシングの特徴の一つである。そのフライフィッシング、自然が好きな人にとって相当に面白い遊びであると、断言できる。願わくば、多くの人にフライフィッシングも楽しんでもらいたいと思う。何故なら、フライフィッシングを楽しんでいくと、渓流魚のみならず水生昆虫やそれらを育む自然環境にも自ずと目がいくようになり、より一層自然に対する興味が湧くこと請け合いだからである。是非、実際の経験を通して、直に見て触れて感じて、自然を敬いながら豊かなアウトドアライフを楽しんでほしいと思う。


 さて、例によって、今回も時間ぎりぎりまで釣りをしてしまった。もう少しスケジュールに余裕を持たせないと、良くないよな~と思う。秋の日は釣瓶落とし、これからは日が短くなってくるのは勿論のこと、日没後もすぐに暗くなるから。次回の釣行は本格的に秋を探す感じでしょう。山と川に、イワナとカゲロウに、自然に感謝!ありがとう。
   
THE ESSENCE OF FLY FISHING & THE ESSAY ON FLY FISHING vol.122/ T.TAKEDA

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