エッセンス オブ フライ フィッシング & エッセイ オン フライ フィッシング    vol.128 「何やら見かけないヒラタ ―― ミチノクオビカゲロウ?」の棲む沢②/竹田 正

2022年07月29日(金)

仙台東インター店


 6月中旬に釣行した前回、「ミチノクオビカゲロウ」と思われるカゲロウの再発見が叶った。入渓して間も無くの遭遇という幸運に、その後の展開に大いに期待したのだった。しかし、期待とは裏腹に、他の個体を見つけるには至らず、現認したカゲロウはメスのダン、唯一その1個体のみという結果となった。
 さて、2週間後の6月下旬のコト。件の沢をもう一度訪れることにした。ダンやスピナーのみならず、羽化期のニンフも同時に採集することで「ミチノクオビカゲロウ」の知見をより確かなものにする目論見である。
 今回もスケジュールは2日間。いつもの通りイワナを釣りながら渓歩きを楽しみつつ、イワナとカゲロウの調査を両立すべく、前回の反省点を踏まえ心して臨んだ。



 東北が梅雨入りしたのは前回の釣行日のことだった。それから2週間、どうやら今年は空梅雨のようで、東北の太平洋岸でも夏日が続出し、真夏日も訪れていた。渓を訪ねたこの日も、里では最高気温35℃程度となる予報が出ていた。梅雨入りしたばかりというのに真夏の日差し、まるで今にも梅雨明けしそうな気配だった。
 そのようなこともあり、渓はかなりの渇水状態が続いているものと予想していた。ところが川に到着してみると、やや少ないかと感じる程度で、実際には渇水の心配は無用だった。この渓が豊かな森に囲まれていることの証だろう。
 渓沿いは想像以上に涼しく快適なコンディションだった。その一方で気がかりなことは、朝からの急激な気温の上昇に伴う雷雲の発生である。
 「天候の急変と予期せぬ増水に、普段以上に注意すべき季節」ということを念頭に置いて、いざ、入渓――。

飛んでいたり、翅を休めていたりしているであろうカゲロウを探しながら、ロッドを振る。兎にも角にも、釣りとカゲロウ探しの両立を決心したのは良いのだが、想像していた以上に注意散漫となる。やはりどっち付かず、である。


この日の一尾目。白斑がグレーに染まっていた。


試しに川床の石を幾つか返してみたところ、ヒラタカゲロウ類のニンフがいた。このカゲロウの尾は3本、パッと見た感じでタニガワカゲロウの仲間と分かる。ちなみにオビカゲロウのニンフはナミヒラタカゲロウ等と同様に尾が2本であるが、腹部背面体節の中心線上に棘があるのが特徴となる。図鑑等を見て覚えたイメージでは、ヒラタカゲロウにしては少しずんぐり、脚が短め太目で、マダラカゲロウ類とイメージが重なる感じ。生息場所は他のカゲロウとは異なるということで、探索するポイントは、細流の滝付近や清水が湧きだしている岩盤などを想定していた。この時、気温は23℃、水温は13℃だった。


2尾共に小さいけれど、頭部から背部まで明瞭な白斑あり。アメマスタイプ。


やや整列型を思わせる個体。左右側面共に尾の方は白斑が薄くなっていく。


良いサイズのイワナが来た。アメマスタイプ。色は極めて薄い感じだが、僅かに着色斑が認められる。


クロスバーの下にリーダーをくぐらせつつ展開させ、フライを奥へと運ぶ。このようなポイントには良いイワナが着いていることが多い。このイワナも薄い着色斑が僅かに認められた。このイワナを釣ったところでこの日は終了とした。


 残念ながら、初日は目的のカゲロウに繋がる特段の材料は何一つ得られなかった。当初考えていたよりも、入渓した区間はカゲロウを探索するポイントが少ない渓相だったことが、その一因として考えられた。2週間前の釣行とこの日の結果を踏まえ、2日目は先日カゲロウを現認した区間に入渓し、より綿密に探索することにした。


小さく可愛らしいウグイスカズラの実。入渓前、朝食後のデザート。朝取りの2~3粒を口に放り込む。ほんのりと上品な甘味と野生の渋み。ううむ、この味わい、これは果実だぜ。


入渓後、まずは周囲を観察、状況の確認。カゲロウの姿は見えなかった。それではイワナはどうか?試しに投げてみると一投目で出てきた。白斑が非常に細かいタイプのイワナ。これは釣れる予感?


次に来たのは尾にかじられた傷跡のあるイワナ。少々気になり、過去の写真と比べてみたところ、実は前回も釣っている個体だった。尾鰭と尻鰭の傷の他、白斑の配置も一致した。釣った魚を丁寧にキャッチ&リリースすることには大きな意義がある、それを示す1尾だと思う。釣れてきたポイントが前回とは異なり、このイワナは下流側へかなり移動してきたことになる。どうやらその間に、何者かに背鰭をもかじられてしまったらしい。「鰭をかじられた」ことから、「何者か」は「イワナ」であり、縄張り争いの結果であると想像される。こうして再び出会ってしまうと尚のこと、逞しく生きていって欲しいと思う。


大きく開いた岩盤底の流れに向けてフライをキャストした。このイワナは流れの筋のど真ん中に定位していたらしく、がばっ!と水面を割って出た。釣り開始早々に、この日イチバン(?)のイワナが来てしまった。色白で白斑が美しいアメマスタイプ。このイワナが釣れてきたお蔭で、この後は釣りたい欲望に駆られる事は無くなった。これでカゲロウ探しに勤しむことができる、というものである。

 ここまで、目的のカゲロウやその他のカゲロウも含め、それらが飛翔している様子は窺えなかった。昨日までの反省を踏まえ、あらかじめ想定していた湧水や細流を中心にニンフを探すことにした。また、飛んでいる姿が見えないということは、羽化したばかりのダンが岩陰などにいる可能性もある。他のカゲロウのように大規模な配偶飛行をしないことも予測されるため、岩や草木の陰などで繁殖行動が確認できるかもしれない、とも考えた。


それらしく思えるポイントを見つけては、ニンフを探した。


石の表面近くに手をかざして動かしたり、指先で岩肌をなぞってみたり、落ち葉をめくってみたり等々。


探し始めて30分以上が経過した時だった。つるつるとした岩肌の花崗岩を水が滑り落ちるところで、素早く動く数匹のニンフを見つけた。素手捕えようにも思うように捕獲できない。しかもすぐ見失ってしまうのだ。思いの外、動きが素早い。そこで思いついたのはティッシュペーパーだった。これを使いなんとか1匹、カゲロウのニンフを採集できた。


すぐに撮影、画像を拡大して確認した。尾は2本であるが腹部背面体節の中心線に棘は見当たらなかった。ヒラタカゲロウの類であっても、少なくともオビカゲロウではなかった。この頃、熱を帯びた風が沢を吹き抜けるようになり、朝は20℃に満たなかった気温が25℃まで上昇してきた。水温も15℃まで上がり、イワナ釣りには少々温い感じとなってきた。ふと疑問が湧いた。オビカゲロウにとって快適な気温や水温はイワナ同様と思われるが、実際はどの程度のものなのだろうか?


ニンフを探しながらも、時々ロッドを振る。サイコロ五の目の白斑を含むイワナが釣れてきた。整列型として気になる個体と言える。


良く見かけるアメマスタイプ。じっくり見てみると配列の一部にサイコロ五の目の白斑を含むが、それらはランダムな白斑に紛れてしまう。


2尾ともに小さいイワナであるが、白斑が少なめでありその配列も少々気になる。右の画像のイワナの白斑はほぼ整列している。整列型の20cm前後のイワナが釣れてくると嬉しいのだけれど……。出会いの望みはなかなか叶わない。


良い形をした若いイワナ。たくさん食べている様子でお腹はゴロゴロしていた。石が並んだウケに着いていた。


育ち盛りの食いしん坊たち。可愛い。


ここまでで、この日の大物2番手となるアメマスタイプ。クロスバーポイントには良いイワナが着いている。

 良型のイワナを手にしたところで小休止、昼飯にする。これも楽しみの一つで、せせらぎを耳に渓で食す握り飯は何時だってうまい。この日はツナマヨ塩昆布で握ってきた。昼飯後も精力的にカゲロウ探しを続けたのは勿論のこと、湧水や細流が見当たらないところではロッドを振りイワナを探した。


倒木の下で定位していた、アメマスタイプ。やはりクロスバーは良いポイントとなる。


白斑は小さめでグレーがかった個体。次は白斑が大きめでサイコロ五の目を持つ個体。両者はまるで正反対な印象。彼らの血筋、その違いによって、行動や性格に差が出るのだろうか?


標準的なアメマスタイプ、良い雰囲気の魚体。


本日の暫定第2位確定、立派なイワナ。実はこのイワナも2週間前に釣っている個体だった。写真の比較をしたところ白斑の配列が一致した。


山肌に流れ落ちる細流を見つけると、ロッドを置いてカゲロウを探しに行った。


清水が滑り落ちる岩の表面に手をかざしてニンフを探す。ここでも数匹の動き回るニンフを見つけた。手こずりながらも、ティッシュペーパーを使って採集した。
体長11mm程のヒラタカゲロウ類のニンフ。脚のバランスは普通に見え、太め短めの印象は無し。腹部背面体節の正中線上には、オビカゲロウの特徴となる棘は見当たらず、エラの特徴も見当たらなかった。頭部の紋は先に見つけたニンフと同様。やはり、オビカゲロウは簡単には見つからない。


落ち込みに枝が覆い被さるクロスバーポイント。イワナにとって絶好の隠れ家である。枝と枝の間隙を通してフライを落とすと、間髪入れずにイワナが喰いついた。白斑が少な目で良い感じ。このようなポイントに出くわすと俄然やる気が出る。


白斑が少な目で散在している可愛いちびっこ。たくさん食べてもっと大きくなれ!


可憐で美しいキブネミドリカワゲラ、よく見かける。そして、まるで陸亀のように見える大きなテントウムシ、カメノコテントウ、たまに見かける。その甲羅、いやいや鞘翅がツヤツヤでカッコイイ。トコトコ歩いていたけれども、ぶぃ・ぶぃーん…ん…・・・ ・ ・ ・ と、飛んでいく姿も見たかった。


 さて、ここまでの結果はこの通り。オビカゲロウに関する有力な手掛かりが無かったのは残念なのだけれど、今回は何やらこの沢の秘密を垣間見た気がした。その鍵の一つは「豊かな森」の存在であると思う。諦めることなく続けていれば、いつか、きっと、念願叶って出会えるはず。これからも調査は続けていくつもりである。
 これまでのイワナ探しという軸に、新種のカゲロウ探しという新たな楽しみが加わった。釣りはロマンである。宝探しはまだまだ始まったばかり。渓を釣り歩いているとホント魅力的な出来事の連続で、興味の尽きることがない。自然豊かな山と渓、イワナと虫たちに感謝!ありがとう!


THE ESSENCE OF FLY FISHING & THE ESSAY ON FLY FISHING vol.128/ T.TAKEDA

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