エッセンス オブ フライ フィッシング & エッセイ オン フライ フィッシング    vol.125 新緑が眩しい初夏の渓/竹田 正

2022年06月10日(金)

仙台東インター店


 大型連休が明けてすぐのコト。里に近い小渓流の源流域を訪れた。幸いなことに、先行する釣り人は皆無、林道を駆け上がってくる車も無かった。穏やかな渓、ここにいる人間は自分だけ。
 せせらぎと鳥のさえずり、かすかな風の音と山の香り。自然が奏でる心地良い響きに包まれながら、時間を気にすることなく、ゆっくりと朝食をとった。ここまでの移動の疲れが解けてきた頃、遅まきながらも、ようやく釣り支度を始めた。

 連休明けはどうしても神経質な魚が多くなり、釣りが難しくなりがちである。これは仕方のないこと。ところがこの日は、入渓時の藪でカディスの群飛に出くわし、水温は10℃、水の具合も良好、天候も穏やかで初夏の雰囲気。となれば、これはもう、期待せずにはいられないではないか――。


空はすっきりと晴れ渡っていた。スギ花粉の季節は終わりを迎えた様子で、澄んだ空気がとても気持ち良い。いつの間にか草花の絨毯となっていた藪を抜け、渓に降り立った。


さてさて、今日はどうだろうか。わくわくな気分で釣りを開始。程無くして一尾目がやって来た、愛おしいイワナ。


緑光のヴェールに包まれ始めた渓、自ずと気分が盛り上がる。丁寧なキャストを心掛けて、少し込み入った流れや、覆いかぶさる枝葉、クロスバーの下にフライを送り込んでいくと……。


オリーブダンの#12パラシュートに誘われ、次々とイワナが出てきた。元気いっぱい、良く走る。やや鈎掛かりが浅いらしく、取りこぼすことしばしば。


もう少しで尺に届く良型も顔を見せてくれた。どのイワナも良くエサを食べているようで、太り始めている様子。イワナを支える指先に、食べたものがごろごろと感じられた。皆これからふっくらさんになっていくんだね。


ここまでのイワナは白斑が大きめで良い感じ。いずれも着色斑が無いアメマスタイプのエゾイワナ。


ついに新緑が眩しい季節が訪れた。大好きな季節の始まり。仕事の疲れも、これで吹っ飛ぶ。
 

渓を彩るラショウモンカズラとシャク。花見の昼食。


オオクママダラカゲロウが飛んできた。ダン♀ 他にミドリカワゲラも羽化期を迎えていた。


気温が上昇し、少し気だるい午後。イワナたちの活性は衰えてくる事は無く、フライに飛びついてきた。ますます元気いっぱいな感じ!石の下に潜る、枝に巻くは茶飯事で、良くバレる、という傾向は続いていた。もちろん、バレない様にやり取りをするのだけれど、タイトなポイントを選んで狙っていくと、どうしてもイワナにしてやられる。あっぱれなイワナたち。


薄い着色斑を持つ個体が続けて釣れてきた。イワナがフライを特段に選り好みしている様子は窺えなかった。おおらかなイワナと触れ合えた一日だった。


あと2時間もすれば、熱狂的なイブニングライズを楽しめそうな雰囲気だったのだけれど、このイワナが釣れたところで竿を畳んだ。休む暇がないくらいに、イワナが顔を出してくれたおかげで、心地よい疲労感を感じていた。このような時もあるからこそ、毎年巡りくるこの季節を大切にしたいと思う。



 一日おいて翌々日のコト。
 初日の釣りはかなりの好調だったと言えるのだが、実は半数近くのイワナを取りこぼしていた。イワナたちが元気いっぱいだったこともあるが、さすがに連休明けと言うべきか、喰いの浅いイワナがとても多かったのである。
 そこで釣り人があまり手を出したがらないであろう、かなり狭い支流に向かった。ぎゃぼっとフライを飲み込むほどに、食欲旺盛なイワナを狙う目論見であった。
 入渓場所に辿り着いてみると、釣り人と思われる車がすでに停まっていた。その為、計画の変更を余儀なくされた。残念ではあるのだが、いずれの釣り人も同じようなことを考えるものだろうと、潔く引き返した。

「さてこれからどうするか」と、ひとまず本流筋に戻り車を走らせていた。ここ数年入渓していない流れを思い出した。幸いなことに、ここに至るまでの間、他に入渓している釣り人の影や先行者らしき車は見当たらなかった。


 川の脇に車を寄せ、橋の上から流れを覗き込む。眼下にはヤマメの泳ぐ姿があった。「今日はこの辺りでヤマメを釣ることにしよう!」と決め込んだ。多くの釣り人が常に入る区間だけに、魚の姿が見えたとなれば、その動機付けには十分であった。

 釣りの支度をしていると、一台の車がすぐ脇に滑り込んできた。
「ども、こんにちは。釣れましたか?」と声をかけてきた。
「いえいえ、これから始めるところです。釣りですか?」と尋ねると、
「ええ。どこで釣ろうかと思っていたところ、車が停まっていたので。この辺なら釣れるのかなと思って……」
 少しばかり話を聞いていると、どうやらこの川で釣りをするのは初めてのことらしく、いろいろと問いかけてきた。
「連休後だから釣れるかどうか、やってみないと実際のところは分からないけれど。この川はどこでも釣れる方だと思います」と言うと、ものは試しと竿を出す気になったらしい。
「とりあえず、一旦下流に下ってからこの場所まで釣り上るつもりです。釣り上りには2時間以上かかるので、この辺りでよければゆっくり釣ってください。きっと釣れますよ!」と言い残して、目当ての流へと向かった――。


のびのびとロッドを振ることができる、開豁な流れ。水量も良い塩梅だった。

釣り開始から5分と経たずに、一尾目。ちびっこだけれども、嬉しい。8個のパーマークが並ぶ端整なヤマメ。

「この調子なら結構な数が出そうだ…」と期待したものの、ここから暫くは魚からの反応が得られなかった。
「フライが合っていないのか?そもそも魚影が薄いのか?」置かれている状況の推理を始める一方、心地の良い距離感で伸び伸びとキャスティングを楽しむ。良いループを作り出し、狙い通りにフライをプレゼンテーションできた時は、気分爽快!フライフィッシングの楽しみのひとつである。
 周囲の景色を楽しみつつも観察を怠らない。謎解きとキャスティングを繰り返す。すると、深瀬から続くカタの部分で飛沫が上がった。ようやくこの日初めてのライズを見つけた。


即座にライズの起きた流れを狙ってみると、機敏な反応が返ってきた。#12オリーブダンパラシュートを飲み込む程の威勢の良さに、感服。


同じ流れからもう一尾。このヤマメも元気いっぱい!フライをすっかりと飲み込んでいた。

 どうやら、結んでいるフライに問題は無いようだった。これで疑問の一つが解消した。水深や流速、石の配置など、この時のヤマメが好みそうな流れを見つけては、テンポ良くフライをキャストしていった。

やはり、塩梅良く流れが効いているところで、ヤマメが飛び出してきた。ヤマメは一発勝負!鈎に掛らないこともしばしば。

穏やかな流れからは、イワナが誘いに乗ってきた。

トビイロカゲロウの羽化期が訪れていた ダン♀ 


昼頃になると、魚たちの動きが活発になってきた。深瀬から良い型のヤマメが飛び出てきた。二尾ともにぐっと背が張り始めている。夏に向かっていることを実感する。

このくらいの大きさ、若いヤマメの魚影がとても濃かった。ひっきりなしに、果敢に、フライにアタックしてくる。

ちびっこだけれどもパーマークは7個で良い感じ。

このイワナは「ヤマメに食べさせてなんかいられない!」と思ったのだろうか?意外なところ、流心から外れた岩の陰から、流心を流れるフライめがけて飛び出してきた。イワナは貪食である。撮影中、すでに捕食していたカエルを吐き出した。良く食べ、良く育つ、ということ。秋に控えている繁殖期までにもっともっと大きくなって、たくさんの子孫を残してほしいと、切に願う。

同じ流れで、先のイワナの後から釣れてきたヤマメ。イワナとヤマメが混生する流域では、早い流れを好み、尚且つ素早いエサ取りをするヤマメが優勢となることが多いもので、イワナよりもヤマメが先に釣れてくることが一般的である。どうやらこのポイントでは、このヤマメよりも先のイワナの方が優勢だったらしい。体が大きければ、より大きな体になる可能性が高まっていくのだろう。


 新緑の季節、初夏の始まり。梅雨入りまでのこの時期、渓は日増しに活気付き、森は生命感に満ち溢れてくる。今回訪れた渓は、イワナもヤマメも、モリモリとエサを食べて、ぐんぐんと成長していく季節になっていた。清らかな流れとともに魚たちも元気。癒しと楽しみを与えてくれる山と川、イワナとヤマメに感謝!ありがとう。

 
THE ESSENCE OF FLY FISHING & THE ESSAY ON FLY FISHING vol.125/ T.TAKEDA

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