エッセンス オブ フライ フィッシング & エッセイ オン フライ フィッシング    vol.124 過ぎ行く春、夏めく渓でイワナ釣り/竹田 正

2022年05月13日(金)

仙台東インター店


 うららかな春の朝、4月下旬のコト。せせらぎを聞きながら朝の腹ごしらえをしていると、2台の車が連なって、上流に向かって走り去っていった。これで4台目、どうやら今日は入渓者が多そうだ。そそくさと食事と釣り支度を終え、ロッドを片手に入渓点に向かって林道を下り始めた。
 道中、流れを覗き込んでみると、淵の駆け上がりや流れのヒラキにイワナたちを見つけることができた。この日選んだ沢は4年ぶりの入渓であったが、相変わらず良い環境が保たれているようだった。

 「この感じなら、今日は結構いけるかもよ~」
 何尾ものイワナの姿が目に入るにつれ、フライめがけてイワナが飛び出す情景が目に浮かぶ。様々な妄想が膨らみ始めた時、上流側から車が下りてきた。朝食をとっている時に登って行った2台だった。
 後続の車が止まるやいなや運転席の窓が開いた。
 「どだ、釣れたか~?」親父さんが気さくに声をかけてきた。
 「いや~、まだ~。これから入るところ~」
 上流にはすでに釣り人が入っていたらしく、仕方なくここまで戻ってきたらしい。

 「去年、上の方で~、38cm釣ったんだけどな~、自己最高記録~」などと、話しは続く。するともう1台の車からも、いかにも釣りが好きという風情の親父さんが降りてきた。それからというもの、男3人、暫しの立ち話にしては随分と会話が盛り上がってしまった。そこはそれ、釣り人同士の釣り談義なのである。

 私は、この先にある堰堤の上から釣り上るつもりであることを伝えた。すると、二人はその堰堤の上に流れ込む支流に入渓すると決めたらしく、釣り支度を始めた。お互いに気をつけてと、仲良し二人組に別れを告げ、私は渓へと降りて行った――。



開始早々、イワナからのご挨拶。フライラインを繰り出すためのキャストの最中、フライを仮置きしたら、いきなり出た。釣ったというよりも釣れてしまった、の一尾目であるが、まずは幸先の良いスタートになった。
 
 濡れそぼったフライを乾かし、フロータントを施しながら、次のポイントを見つめる。流心が当たる大岩前が塩梅良く深めのウケになっていた。流れに乗ったフライが大岩をかすめつつも舐めるように、落ち込みまで流れてくる……。フライを流すイメージが出来上がったところで狙いを定め、ふわりとキャストした。
 案の定、流れ来るフライを見つけたイワナが岩陰から浮いてきた。そのフライを追って反転すると大きく口が開いた。ぎゃぼっと、水面が割れた。ゆっくりとアワセ、と同時に、どしっと、確かな手応えが返ってきた。


狙い通り大岩のウケに付いていた。ネットに収まったのは尺を超えるイワナだった。釣り開始からわずか数分の出来事。「でっけぇの、釣れっから!」と親父さんが放った別れ際の言葉が、すぐさま現実に。このような日もあるのだ。
 

週を追うごとに、渓が緑に染まってきた。虫たちの動きも活発。当然、イワナもそれに呼応していた。


ひと流し目のパラシュートパターンを見送ったイワナ。CDCスペントパターンに結び替え流し直すと、素直にフライを口にした。尺までもうすぐの9寸サイズ。


背の方まで大きめの白斑が綺麗に列をなしている。美しい。


ニリンソウの咲く季節になっていた。流れから上がり日当たりの良いところに出ると、暑い!気温が上がってきたらしい。こうなると、うららかな春を通り越して、まるで初夏。ベストの胸ポケットに差してある水温計は20℃を指していた。とは言え、川面を渡る空気はひんやりと心地良い。水温は11℃。この日、里の最高気温は25℃だった。


イワナは身をくねらせて、歩く。撮影中に逃げおおせること、しばしば。


数回流したパラシュートには興味を示さなかったので、またもCDCパターンに変更した。するとあっさりと喰ってきた。やはりエサを食べたがっている。


これくらいのサイズが次々と顔を出した。


段々渓流滝。両岸切り立ち、ちょいと軽めに通らずという感じ。真夏なら水量次第では突破しても良いのだけれど、今の季節では失敗してずぶ濡れにでもなったら、そりゃあもう大変。ということで、この日は十分に楽しんだのでここで退渓した。
 

 翌日。前日の退渓点から入渓し、さらに上流を釣り上ってみることにした。
 予定しているこの日の退渓点の少し手前まで車で上がり、山菜の様子など季節感を確かめつつ、ゆっくりと林道を歩き下っている時だった。前方で大きな何かが動いた気がした。クマが活発に動き始めている季節である。ガサガサと音も聞こえてきた。歩みを止め、腰に下げているカウンターアソールトを手に取り、安全ピンを外した。息を殺し、暫し様子を窺っていると、大きなカモシカが現れた。
 渓に入っていると、カモシカやシカと出くわすことはよくあるのだが、クマと思しき状況も多々あり、このような時はかなり緊張するのだ。

 「脅かしっこは無しだぜ、お互いさまだけど!」そう思ったものの、カモシカも同じ気持ちだったのかも知れない。お互いが確認できると、こちらの様子をじっと見ていたカモシカは踵を返し、ゆっくりと歩きだした。トトンと渓へ降りるや対岸の急斜面に取り付き、軽々と登って行ってしまった。
 相手がクマではなくて良かった。とは言え、カモシカがこちらに向かって突進してきたらと思うと、それはそれで怖いのだ。学生の時分に言われた、「カモシカの回し蹴りには気をつけろ!」という先輩の言葉が思い出された。本当に後足で蹴りを入れてくるのかどうかは、実際のところは分からないのだけれど……。


カモシカ騒ぎの緊張感がほぐれてきたところで、昨日退渓した渓流滝の上に降り立った。朝一番の一投目で、またも尺を超えるイワナが来てしまった。昨日出会った親父さんの言葉もあるが、いやいやしかし、この結果は出来過ぎである。


この幸運は昨日の陽気のお蔭だろう。ヒラキでエサを待っていたとなれば、すでに活性が上がっていると見てよい。やれやれという感じで、イワナがごろんと起き上がった。うねうねと歩き始め帰りたがっていた。鈎を外し、もとの流れに帰した。


尺までもうすぐ!の発育優良児。山桜の花びらが舞う季節感、イワナたちがはしゃぎ始めていた。
 

エサとなる昆虫の流下が多い様子で、イワナの活性が高い。そのため、このような流れが良いポイントになっていた。この日、ほとんどのイワナは落ち込み上のカタ、流れの筋、そのヒラキに出ていた。アプローチもプレゼンテーションも慎重に行う。気取られてイワナに走られでもすれば、その時点でこちらの負け、釣りにならない。落ち込み寸前をうまく流すことができれば、一段上がる度にイワナが出た。


尺まであと少し。もっと大きくなれと願いつつ流れに帰した。このイワナ、長淵の淵尻に沈む大岩の前に付いていた。ゆったりとした流れのためか、喰いつかせるのに思いの外手間取った。フライパターンを変えつつご機嫌を窺いながら、10分ほど対峙した結果だった。じれったいほど、魚と駆け引きをするのも、また楽しからずや。


ほとんどのイワナが躊躇することなくフライを口にした。一心不乱にエサを獲ろうとするイワナたちが愛おしく感じられた。


大きめの白斑が揃っている、良い雰囲気。


またまた、一段上がる度に釣れてくる感じ、アップテンポの釣り。バッサリとフライを飲み込む。まだ4月だというのに、まるで盛期のような喰いっぷり。おまけに、ぎゅんぎゅんと良く引くのだった。


おやおや、整列型斑紋の要素を含むイワナが釣れてきた。これまた嬉しい出会い!


水面下の様子が見え辛くなってきた。雲が厚くなってきた感じ。


滝壺の駆け上がりと岩盤脇、白泡を流してみたが、まるで反応無し。ならばと、奥の小沢の落ち込みにフライを入れると間髪入れずこのイワナが来た。壺を走り回るこのイワナの後を追いかける他のイワナも見えた。


他にもイワナがいるとなれば…と、再度小沢の落ち込みにフライを入れた。滝の方へ巻いていく流れに乗り、ゆるゆると流され始めた時、フライが水面下に吸い込まれた。

 まるで盛期のように次々と釣れてくる状況に加え、整列型の要素が感じられるイワナまで釣れてきた。さらに釣り上りたいのは山々だったのだが、そろそろ雨が降りそうな気配が漂ってきた。夕方を待たずに雨が降り始め、その後土砂降りになる予報が出ていたため、今回はこの滝で切り上げ退渓することにした。退渓するときはいつだってそう、心残りなものである。


 暫くご無沙汰していた今回の沢。その様子が気になり入ってみたところ、天候にも恵まれ、図らずも春の饗宴にお呼ばれした感じになってしまった。
 掲載した他にも、数多くのイワナたちと出会うことができた。いずれのイワナも野性味に溢れ美しく、元気いっぱいだったことが、何より嬉しかった。この沢での整列型のイワナ探しという、新たな目標も得ることもできた。それについては源流部の探釣という形で、いつか再挑戦してみることにしよう。
 待ち遠しかった風薫る季節がもうすぐやってくる。山と渓、イワナに感謝!ありがとう!
 
THE ESSENCE OF FLY FISHING & THE ESSAY ON FLY FISHING vol.124/ T.TAKEDA

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