エッセンス オブ フライ フィッシング & エッセイ オン フライ フィッシング    vol.142 2024年3月 ヒカリとヤマメ、早春の里川/竹田 正

2024年04月05日(金)

仙台東インター店



 春先に是非とも訪れたいと思っている川が幾つかある。それらの中でも毎年のように竿を出してきたある里川は、私にとって重要な位置付けとなる川で、それは例えて言うならある種のバロメーターと言うべき存在である。
 このところ年を追うごとに季節感が早まっていることなど、幾つもの気掛かりな事があったため、今回の釣行では各所で川見を行うべきところを足早に確かめつつも、早めにその里川へと向かうことにした。
 
 標高の高い山であっても積雪が少ない状況が続き、仙台近郊や隣県のゲレンデでも営業がままならない程、この冬も各地で雪不足であった。明らかに暖冬の傾向だったのだが、2月下旬あたりから寒の戻りがあり、東北太平洋側を中心に春の大雪となった。ところが、バロメーターである件の里川に辿り着いてみると、それらしい残雪はほとんど見当たらなかった。ここ近年に限ってはいつも通りと言うべき、早春らしい川の風景だった。
 ただひとつ、少しばかり、例年と比べ川床の様子が異なっていた。1月下旬のこと、暖かい風を呼び込み発達した低気圧が通過したことにより、あろうことか大雪ではなく季節外れの大雨に見舞われたことがあった。その際の出水が川床に積もっていた落ち葉や垢を洗い流したのだろう。水量こそ、雪代が訪れるまでは未だ乏しいものであるが、川床には明るさが感じられ、この里川はすでに春を迎えているかのように思えたのだった。


里の山は早春の雰囲気。すでにスギ花粉も飛び始めているらしく、何やら目がムズ痒い感じだった。

 いそいそと釣り支度を始めながらも、時折流れに視線を送っていた。すると時々、すっと吸い込むような静かなライズがあり、それが繰り返されているような気がした。暫しの間、怪しく思えた水面を凝視していると、またもやライズが起こった。やはり、それは見間違いではなかったのだ。
 ユスリカ以外には水生昆虫が羽化している様子が見当たらないものの、運よくライズに出くわしたのである。ドライフライで狙わない手は無い、そう考えた。差し当たってのパイロットフライとしてグレーオリーブの#16パラシュートを選び出し、ティペットに結んだ。解禁当初は手始めにニンフで試すことが多いものであるが、今回はドライフライをキャストして魚のご機嫌を窺ってみることにした。

 この日は「今年の釣り初め」だった。否が応にも逸る気持ち、これを抑えつつ、「釣り初めのキャスト」を開始した。ライズがあった流れにフライを投じること僅か数回、水面に飛沫が上がった。来るとは思っていたが、実際に来てしまった。アワセの直後、微かな手応えを残して鈎が外れてしまった。逸る気持ちでアワセが早くなってしまったのか、食い込みが浅かったのか……。
 幸先良く、魚からのご挨拶があったにもかかわらず、これを取りこぼしてしまった。少しばかりの後悔の念から、今しがたドライフライに出た流れの筋とその周辺をニンフを使って探り直してはみた……。案の定、その後にアタリが来ることは、やはりないものなのだ。

 食い気のある魚がいることは、一応は確認できたとも言える。まだ始まったばかり。そう考えなおし、気持ちを切り替え、次のポイントに狙いを定めた。
 少し上流には膝程の深さで、流速や石の嚙み具合が程好い、ニンフを流すのに好都合な浅瀬が続いていた。釣り開始早々にドライフライに出てきたくらいである。このポイントならヤマメが流れ来るエサを待っているに違いない……。次はニンフを流して仕留めよう。確かな予感を感じながらキャストを開始した。ひたっとニンフと目印が着水し、流れの筋に馴染み始めた。すると、ピシッと目印が飛んだ!


今年の1尾目は「ヒカリになりつつある」と思われる、銀の強いヤマメだった。暫しその姿に見惚れてしまった。#14ヘアズイヤーニンフをしっかりと咥えていて、キレの良い爽快なアタリを出すのも頷けるコンディションの良さ。

 念願であった一尾を手にしたところで、またもライズを見かけてしまった。やはり、流れの中ではひと足早い春が訪れているようだった。
 こうなってはチャレンジせずにはいられないのである。この魚はドライフライで仕留めたい!
 ライズが起こっている場所とそのリズムを読み、タイミングを図って#16パラシュートを流してみた。水面に落ちたフライがゆるゆると流れ始めると飛沫が上がった!


このヤマメはドライフライにばっさりと喰いついてきた。まだ冬の装い、サビが抜けきっていない感じのチビッコだが、もう新仔ではない。大人の仲間入りを果たしている立派な若者。元気いっぱい食欲旺盛で大変よろしい。整ったパーマークが印象的で、この様なヤマメと出会うと安堵する。これからどんどん食べてもっと大きくなれ!



 
  
 
ダウンジャケットを着て丁度良いくらいの気温。それでも冬枯れの景色には少しずつ春の香りが宿り始めていた。やはり、内陸に比べて沿岸地方は春の訪れが早い。そのお蔭で解禁直後であっても、ヤマメのライズに出くわすことは稀ではない。日当たりが良く程好い流速の流れで、ドライフライ目がけて元気よく飛び出してくることがあるのだ。この日もまさにそうだった。もちろん、ニンフを流せばそれ以上に頻繁にアタリがやってきた。この時の水温は6℃。

   
  
  
 
アタリを捉えやすくするために、ニンフと目印がそれぞれに良い配置となり、それらが程好いテンションを保ちつつ同調して流れるように、いろいろと工夫する。キャスティングの良し悪しがそれを決定づける、と言っても過言ではない。この日は、軽い感触のアタリを見送ると、その直後にピシッと目印が飛ぶことも多かった。ドライフライにも度々出てくれたのだが、状況が良いとはいえ、実際に鈎掛かりしたのはごく僅か。この日釣れてきたヤマメたちはいずれも、乱れの無い落ち着いた雰囲気のパーマークを纏っていた。そのようなヤマメに混じってまたもや1尾だけ「ヒカリになりつつある」ヤマメが釣れてきた。

 近年、ヒカリはめっきりとその数を減らしてる様子で、その姿を見かける機会は減ってきている。この日は「ヒカリになりつつある」感じのヤマメがこれまでに2尾も釣れてきた。私にとってそれはとても喜ばしいことなのである。
 ヒカリは群れを成していることが多い。そのため、この辺りにはまだまだ多くのヒカリがいるはず……と思った。ニンフの流し方に工夫を加えながら、さらに探り続けていくと……。

  
 
やはりいた!いてくれた!銀鱗が眩いヒカリ。胸鰭や尾鰭の橙色は消え失せ透き通り、背鰭や尾鰭の先端は黒く染まり、海へと旅立つ正装を纏っていた。今年も出会うことができた。思いを込めてキャストを続けた甲斐があった。「サクラマスになって無事に帰って来ておくれ」との思いを込め、輝くヒカリを流れに帰した。その途端、どうしようもなく名残惜しくなってしまったのだ。せめてあともう一尾、ヒカリと出会いたい……。しかし、その思いは叶うことがなかった。次にやって来たのは、まるでイワナのようなアタリを出した、冬の名残を強く残したヤマメだった。もちろん大歓迎なのだけれども……。


 この釣行のひと月ほど前となる2月の中旬のこと、まるで5月を思わせる陽気が訪れたことがあった。それは観測史上これまでにない出来事だったようだ。おそらく今回訪れた里川にとって、それは春の訪れを告げるものだったのだろう。その後に寒の戻りがあったにせよ、どうやら一部のヤマメたちはすでに瀬に入り始め、元気にエサを追っていたのだろう、そう感じられた釣行だった。

 さて、今年の初釣行は昔ほど見かけなくなってしまったヒカリに早々に出会うことができた。これは特に喜ばしい出来事で、思いの外好調な滑り出しができた!と感じている。本格的な渓流釣りのシーズンに入るのはまだ少し先のこと。早く緑が溢れる渓を歩きたい!まずは春の訪れ、ヒカリとヤマメに感謝!ありがとう!


THE ESSENCE OF FLY FISHING & THE ESSAY ON FLY FISHING vol.142/ T.TAKEDA
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