エッセンス オブ フライ フィッシング & エッセイ オン フライ フィッシング vol.136 イワナ躍る深緑の渓/竹田 正
2023年06月16日(金)

5月も半ばを過ぎた頃、渓はまたもや水不足となってしまった。上旬あたりでは回復したかに見えたものの、それは一時的なものだった。その後に夏日が続いてしまったのである。どうやら、てるてる坊主を逆さまに吊るしてみたところで、子供じみたその思いは届かないものらしい。
さらには季節の進みが早いようで、里の川ではオオマダラカゲロウやモンカゲロウの羽化時期があっという間に過ぎ去っていた。そこで5月下旬、サクラマス狙いはひと休みとして、早くも深緑に包まれつつある源流方面の渓へ、イワナを探しに出かけることにした。
渓に辿り着いてみると案の定、水が少なかった。それも想像以上の渇水で、まるで真夏のようであった。これではイワナたちは怯えてしまい、岩陰に隠れて出てこられないのではないか?と思われた。しかし、実際に釣り始めてみると、そのような心配は無用だったのである。例年であれば梅雨入り直前の、6月上~中旬頃にベストシーズンを迎えるのだが、それは既に始まっていた。ランディングネットが乾く暇が無いほど、イワナたちは活発にフライを追ってくるのだった――。

入渓直後、遡行を開始しようとしていた時のこと。不意に、ヒラキの流心に定位する大きな魚影を見つけてしまった。そのイワナは尺を超えているように見えた。
これは幸先が良いとばかり、そそくさとロッドを繋ぎフライを結んだ。キャストを始める態勢をとったその時、大きなイワナの下流側、カタに近いところ、その左右に1尾ずつ定位する門番イワナに気が付いた。
「2尾のうち、どちらか一方を釣ることはできるだろう。同時に残るもう一方の門番を走らせ、目当てのイワナを釣り落とすことになる……」
2尾を同時に…というのは所詮無理としても、1尾ずつ確実に釣る手立てを考えた。しかし、それは見当たらなかった。結局、本命がフライを咥えるのが早いか、門番が走るのが早いか、賭けの一投で仕留める方法しか思い浮かばなかった。
他に何か良い手立てはないかと暫し躊躇しているうち、門番のうちの1尾に気取られ、走らせてしまった。同時に大きなイワナも他の門番と共に白泡へと遁走、どこかに隠れてしまったのだった。
後から思えば恐らくは、こちらがイワナを見つけた時には、すでに気取られていたのだろう。普通はこちらの気配に気づいたイワナはすぐに逃げ走る。稀にではあるが、石化けを通しきるイワナも見かけることも、あるにはある。今回はお互いがじりじりしているうち、こちらが先にフライを投げ入れる前に、門番イワナが逃げ隠れることを決め走り出した、そのように思えてきた。
迷わずとっとと投げ込むべきだった。未練がましく白泡の周囲や落ち込みの際の反転流を探ってはみたものの、出てくるはずもない。この日の1尾目となるはずだった大きなイワナを、諦めざるを得なかった。
この日の釣りはこれが始まりだった。気持ちを切り替え、次の出会いを求めて遡行を開始した。

























ふと、時計を見ればもうすぐ16時、退渓開始の予定時刻。あまりに釣れ続いたため、源流の二俣まで詰め上がるつもりが道半ばで時間切れとなった。
何時だって引き返すときは心残りなもの。良いイワナとの出合いに安堵したところで、竿を畳むことにした。

季節の進み具合が早いことと共に、このところの懸案事項となっている雨不足。今回の渓も渇水が心配であったのだけれど、意外にもイワナたちは神経質になることなく、育ち盛りの若いイワナたちは皆元気いっぱいだった。たくさんの子孫を残してくれるであろう、立派なオスとメスに出会えたことも大きな喜びであった。
さて、今シーズンもイワナ探しの川旅が始まった。今回の釣行も天候に恵まれ、テンポ良く思い切り釣り上りを楽しむこともできた。野性味溢れる数多くのイワナたちに出会えたことに感謝!ありがとう!
THE ESSENCE OF FLY FISHING & THE ESSAY ON FLY FISHING vol.136/ T.TAKEDA
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