エッセンス オブ フライ フィッシング & エッセイ オン フライ フィッシング    vol.135 待望の雨、新緑の渓でイワナ釣り/竹田 正

2023年05月26日(金)

仙台東インター店


 毎年のこと、季節は巡り5月ともなると、いよいよ渓通いに忙しくなってくる。渓流魚の主要なエサとなるカゲロウの類など、多種多様な水生昆虫の羽化が始まり、フライフィッシングにうってつけの季節が始まるからである。
 水も温み始めることから、里の渓流での釣りから更に上流の源流方面へと、徐々に足を延ばし始める時期でもある。5月の第2週、沢歩きの足慣らしも兼ねて、新緑の渓を訪れることにした。

 4月の末頃のこと、何時まで待っても余りにも雨が降らないため、てるてる坊主を逆さに吊るしたことがあった。数日が過ぎ、水不足を解消するに十分な雨が二度にわたり降ってくれた。これで水不足は解消するだろうと、その有り難いてるてる坊主を普通に吊るし直した。そして今回の釣行日、空は気持ち良く晴れ渡ったのだった。

 渓に向かう道中、里山を見渡せば、ツツジの朱にフジの紫と、それぞれの花がアクセントとなり、山の緑はなおのこと映えるのだった。その風景は初夏の始まりを告げていた。
 渓流沿いの道路を上りつつ、その様子を窺った。先日までの渇水状態とは異なり、川は十分な水を湛え、生き生きと流れていた。
 林道の奥に入り込んだのは昼過ぎだった。軽く腹ごしらえするとともに入渓の支度を始めた。装備を整え、天を仰いで深呼吸をすると、晴れ渡った空、輝く太陽と新緑が目に眩しく、澄んだ空気は雨後の新緑が放つ森の香りを含んでいた。その空気を味わいながら、森を抜け渓へと降りて行った。増水のピークを過ぎてから時間は経っていたのだが、水はまだ引ききってはいなかった。この高水では釣るポイントが限られてくることは明らかだったが、遡行そのものには問題ないと判断し、イワナを求めて渓に踏み入ることにした。

 

 
ようやく水を取り戻した渓は、澄んだ流れが駆け抜けていた。試しに流心付近に#12パラシュートを流してみると、目測通りにかなりの流速だった。それならば……。岩盤岸際ギリギリの緩流に目星をつけ、フライをキャストした。読み通り、イワナはそこに居てくれた。このイワナ、生存競争における負傷だろうか、何者かに尾をかじられたような痕を負っていた。

 
カタに掛かる直前、ヒラキの流れの筋に適水勢が見えた。探りを入れられるポイントが少ないだけに、垂涎の状況である。これを見逃す手は無い。試しのキャストをすることは無しに、一発勝負でフライを流した。このイワナは居るべきところにいた。増水でエサに不自由し、お腹がすいていたのだろうか、バッサリとフライを咥えてきた。


イワナは岩陰の僅かな緩流帯に着いていた。数度のキャストの後、奇麗にフライが岩陰に流れ込んだ。すると、フライがそっと吸い込まれた。鈎掛かりすると同時に、流れに乗ったイワナは、落ち込みと瀬を一気に下って行った。端整な魚体だった。


雨後増水の引き水というタイミングの今回、程好い水位から10~15cm位高い感じだった。時に遡行がしんどい場面もあるのだけれど、足腰に受ける流れも心地良いもので、その抵抗感が丁度良い足慣らしとなった。周囲の草木を見ても水不足はすっかり解消し、暫くは大丈夫な感じ。イワナたちも元気一杯でほっとしたのだった。


橙色の強めのイワナと青みの強めのイワナ。白斑の雰囲気も異なる。イワナはそれぞれが個性的で本当に興味深い。

 
木漏れ日に煌めく流れが目に眩しい。時折、川面を伝い流れてくる風に乗り、緑の香りが鼻をくすぐる。滝下は、表層の流れが速く、壺の流れは大きく吹き上がり、かき乱されて落ち着いていなかった。岸際の反転流にフライが乗るとイワナは勢いよく出てきた。白斑が大きめで良い感じでちょいと気になる個体。
クマが活発に動き回っているこの時期、特に夕方は要注意のため早めの退渓とし、このイワナとの出会いでこの日は納竿とした。





 翌日は沢を変えて釣り上ることにした。大岩や岩盤の多い渓相で、普段はポイントだらけなのであるが、この沢もやはり高水、豊富な流れは岩場を駆け抜け、満足に探りを入れられるポイントはごく僅かであった。


 
沢沿いで良く見かけるコンロンソウ。このすぐ脇の緩流で釣れてきたイワナ。渓流沿いでは白く可憐な花をつける、様々な草花を見かける。


岸際ギリギリの緩い流れに身を寄せて定位する魚影が見えた。その魚影の鼻先1m程にそっとフライを落とした。身を翻して流れ来るフライをバッサリと捉えたのは、痩せたヤマメだった。この体を見て思うに、このヤマメは秋の繁殖に参加し産卵しつつも、その後に斃死することなく越冬し、その回復途中なのではないか?ということ。いずれ来たる次の秋、また子孫を残してくれることを期待して、ヤマメを元の流れに帰した。

   
大岩が流れを受け止めてできる反転流、そこに定位し下流を向いているイワナを見つけた。釣り上がっているこちらの方向を向いているため、気取られぬようにそっと間合いを詰め、フライをポトリと鼻先に落とした。するとイワナはすぽっとフライを吸い込んだ。


野性味を感じるこのイワナ、今回の川旅で最も印象に残る一尾となった。尺を越える体ではない。あえて言うなれば、小ぶりの魚体。それにも係らず、実に逞しかった。への字に割れ始めた吻端、黒く染まった口腔、大きな尾鰭に、まだ衰えを感じさせない引き締まった体躯。貫禄が滲み始めたその姿に、心底惚れ惚れとした。このイワナは幾度の秋を過ごし、これからどのように生きていくのだろうか……、ロマンを感じられずには、いられなかった。
このイワナのお陰で、今回の川旅を、私は燃え尽きることができた。こんなに嬉しい出会いはそうそう無いのだ。多分、私はうるうるの眼差しでこのイワナに話しかけていた、と思う。
 

白斑がとても薄く細やかで目立たない感じ。気になるイワナ。

 
流れが強いためか、ちびっこは姿を見せなかった。遊泳力のある大きさに育ったイワナたちがエサを取りに出てこられるようである。数少ないポイントを探るとフライの誘いに乗ったイワナは元気一杯の姿を見せてくれた。この沢もきっと大丈夫!夏が楽しみ!


 沢歩きシーズンの足慣らしは、高水の渓を歩いたお陰で少しは足腰が馴染んできた感じ。これから日増しに緑が濃くなり、渓筋は緑光に包まれ生命感に満ち溢れていく……。さて、また出かけるぞ!良い水が続くことを願いつつ、てるてる坊主と自然に感謝!ありがとう。


THE ESSENCE OF FLY FISHING & THE ESSAY ON FLY FISHING vol.135/ T.TAKEDA
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