エッセンス オブ フライ フィッシング & エッセイ オン フライ フィッシング    vol.134 萌木色の里山で渓流釣り/竹田 正

2023年05月12日(金)

仙台東インター店


 4月に入ってからというもの、仙台の桜は開花から瞬く間に満開、舞い散り、葉桜となってしまった。これほど足早に桜の季節が過ぎ去ったのは初めての経験で、心待ちにしていた春を満喫する暇もなかった。その後、これもまた過去に例が無いほど暑い日々が訪れ、3月から続いていた川の水不足を解消するだけの雨は降っていなかった。
「渇水が気掛かり、けれどもすでに春本番。イワナたちもすっかり目覚めエサを求めているに違いない。例年ならちょうど見頃を迎えるあの桜は、もう散ってしまったのだろうか。もしかするとぎりぎり間に合うかもしれない……」
 春なのか夏なのか、何やらいつもと勝手が違う天候が続いていた4月、その下旬に里川の上流域に棲むイワナを求め岩手三陸へと向かった。

 夜明け前、渓に辿り着く頃の車外温度計は-2℃を示していた。前日の天気予報では霜注意報が発令されていたのだが、ここまでの冷え込みになるとは予想だにしていなかった。川は渇水続きのため尚のこと、この冷え込みが急激な水温低下をもたらすことが、容易に想像できた。それに伴い、イワナも水生昆虫も動きが鈍くなるのは間違いなかった。少々分の悪い状況である。そこで早朝からの入渓は避け、ここはのんびり朝食と休憩をとりながら、十分に日が昇るのを待つのが得策と考えた。

 この日は良く晴れて風もなく、とても穏やかな朝だった。厳しい放射冷却が起きていたのも頷けた。気温も上がり始め、入渓に備えてぼちぼちと釣り支度をしている時、次第に車が行き来するようになってきた。どうやら釣りのみならず山菜採りにも多くの人々が訪れているようで、林道は思いの外賑わってくるのだった。のんびりとばかりしていられない、そのような雰囲気になってきたところで、いそいそと渓にへと降り立つのだった。


  山の景色は今だけの柔らかな色合い、萌木色に染まっていた。桜は里ではすでに葉桜になりつつあり、入渓した上流域付近でも、やはり散り始めていた。

 
これから緑が溢れ、新緑の季節がやってくる。待ちに待った大好きな季節の始まり、渓を歩く愉しさを味わう。岸辺にはニリンソウが咲き乱れていた。

 
その一方で、水辺から少し離れた日当たりの良い場所では、萎れている山野草や木の葉を多く見かけた。写真左はコゴミが伸びきったところで枯れ始めているところ、右は花芽を付ける前に項垂れてしまったシャク。早春から水不足の状態が続いているが、いよいよ深刻な状況になりつつあることを実感した。つい先日、4月上旬に出合った「婆ちゃんの話」が思い出された。

 
渓に降りるや、幸運にもイワナからのご挨拶が続いた。意外にも、なかなか良い感じだと思われたが、渇水のためにイワナは神経質となり、尚且つ急激な水温低下による動きの鈍さも感じられ、結果、食いが浅くバラシの連続であった。その点は予想していた通りだった。

 
ドライフライを岩陰ぎりぎりに流すこと5~6回、やっと誘い出せる感じ。アワセはゆっくり且つしっかりと、を意識して。スローなテンポでデリケート、吟味するような釣りが続いた。ヒラキに出ているイワナは見かけなかったが、あえてニンフに結び替えることはしなかった。

 ドライフライへの食いつきが鈍かったとはいえ、ここまでは楽しくイワナと戯れることができた。しかし、堰堤を越えると状況に変化が訪れた。ぱたりとイワナの気配が消えたのであるが、入りやすい渓では度々あること。今回は潔く諦め即座に退渓し、里まで下りてヤマメを狙うことにした。

 
枯れた景色の草木に緑が戻り始めた里の渓流。流心の白泡から元気よく出てきたヤマメ。その魚体にはもう、冬の名残は感じられない。

 
底石が作るV字の流れから飛び出したヤマメ。流れ来るエサを待ち構えていた。

 
流れの中心でライズを繰り返していた。フライを落とすと、ヤマメは躊躇することなく喰らいつき、飲み込んだ。食欲旺盛で大きく育っていく予感。

   
ぱしぱしぱしと釣れてきた、3尾のヤマメたち。いずれのヤマメも活性が高く、瀬に付いていた。フライに対して機敏な反応を示してくれたので、勝負が早かった。小気味良いテンポで釣り上る季節が、もうすぐ始まる。


 さて、今回の釣行では、萎れたり項垂れたりしている植物を、あちらこちらで数多く見かけた。先日出合った婆ちゃんが言っていた心配事が現実となってきているようで、非常に気掛かりである。
 ひと雨降れば少しは状況が良くなると思われるが、水不足がより深刻になるその前に、山に染み渡り蓄えられる程に、十分な雨が降って欲しいと願う。生き物は皆、水が無ければ生きては行けないのだから。

 いよいよ新緑の季節が訪れる。生き生きとした緑が溢れる山と渓を歩き、自然の恵みを満喫したいと思う。せめて今出来るコト、節水を心掛けよう。それと、テルテル坊主を逆さに吊るしましょうか……。やってこいこい甘い雨、自然に感謝!ありがとう!


THE ESSENCE OF FLY FISHING & THE ESSAY ON FLY FISHING vol.134/ T.TAKEDA

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