エッセンス オブ フライ フィッシング & エッセイ オン フライ フィッシング    vol.132 梅の咲く里川、ヤマメとヒカリ/竹田 正

2023年04月15日(土)

仙台東インター店


 4月に入ってすぐのコト。全国各地で次々と、記録的に早い桜の開花宣言出されている中、仙台でもあれよと言う間に開花、そして満開となった。
 陽気に誘われると気もそぞろ、じっとはしていられない。麗らかな春を探しに川を目指した。

 三陸道に乗り市街地を抜けると、田園風景の中にサクラが咲き乱れているのが見えた。ラジオによれば、岩手の一部地域でも桜の開花宣言が出されたらしい。花見とヤマメ釣り。贅沢な時間を味わえるという期待に心が躍り始めた。

 三陸道を降り川沿いに車を走らせていると、黄色の花々がすぐに目に入ってきた。季節は足早に移ろい、スイセンや菜の花で景色は彩りが増してきていた。しかし、期待していた桜の開花にはもう暫く時間が必要なのだろう、梅が丁度良い頃合いで咲き誇る、そのような季節感だった。

 山里の渓流に到着したのは正午を過ぎた頃だった。気温は20℃を超え、穏やかではあるけれど、その日差しはじりじりするほど熱を帯びていた。

 車を寄せ、入渓予定の淵を覗き込んだ。先日、久し振りにまとまった雨が降ったお蔭で、淵に溜まっていた落ち葉や底石の古い垢などは綺麗に洗い流され、水も川床も輝きを取り戻していた。澄んだ水を湛える淵に数尾のヤマメの姿があった。カワゲラが水面近くを飛び回っているらしい。ヤマメはこれに誘われ上ずっているのだろう、繰り返しライズをしていた。

 風もなく、軽快なドライフライの釣りが楽しめそうだった。ひとまずこのライズは後の楽しみに取って置くこととした。200m程下流の入渓点まで回り込こみ、そこから釣り上がりを楽しむことにした。

 
穏やかな天候、春霞。萌木色に染まるまでもう間もなくの里の山。目覚めを迎えた渓、澄んだ流れが戻って来た。

 入渓後、釣りの開始から15分が経っていた。水温は7℃あり、水具合も良い。カワゲラの羽化もある。この時期としてはまずまずの状況のはずだった。それにも拘らず、魚は顔を出すことがなかった。

 「なんだか怪しいな。ニンフに結び替え、大人しい魚に誘いをかけてみるか……」
更に10分程釣り上がった。釣り上りを楽しむつもりで下流に回り込んだはずだった。相変わらず魚の気配が皆無だった。こうなると、益々もって怪しい感じがしてきた。

 「こりゃ駄目だ。先行者の影響あり。場所変えだ」
沢沿いにはシカ避けのネットが張り巡らされており、丘に上がるにせよ踵を返すにせよ、ここでの退渓は、正直言って面倒だった。
 暫しの間迷いで集中力を欠いたキャストをしていたのだろう、つまらない枝にフライを引っ掛けてしまった。どっちつかずは、結局のところ時間の無駄である。

   
ニリンソウ、スイセン、キクザキイチゲ、ワサビ、それぞれが沢沿いの景色を彩っていた。道草を食いながら遡行する。ライズを見かけた淵を目指し、キャストするポイントは潔く取捨選択。ペースアップで釣り上る。

 
実に釣り開始から1時間が経過した後、草木が邪魔になる川相になり始めると、ようやく今日の一尾目がやって来た。流心の沈み石の前、流れが開きはじめるところに付いていた。アタリも何も無しで1時間も釣り上がるというのは、結構堪えるもの。

 
ライズを見かけた淵では狙い通りにヤマメが来た。

   
淵を越え川相が変わると、これまでの抑揚のない時の流れも嘘のように一変し、急に活気付いてきた。

 
ピリリとした緊張感をもって流れに集中、フライをキャストする。心地良いリズム感が蘇ってくる。

 
ヒラキやカタ、底石のウケなど、ここぞという流れから、誘いに乗ったヤマメが飛び出してきた。皆、流れてくる水生昆虫を待ち構えていた。

 
このヤマメで今日は満足、納竿とした。川から上がっての戻り道、民家裏の山の斜面には満開となった梅が待っていた。

   
この日の晩飯を彩ってくれたのは「シャク」「ワサビ」「カラシナ」。釣りの合間に頃合いの良いものをちょいと摘んできた。旬のおひたし3種盛り。軽く塩を振りながら、酒とともに愉しんだ。噛むと広がるそれぞれの香り。「春だぜ~!」と心と体に沁み込んでくる。今だけの自然の恵みに感謝!


 翌日は町に近い里川を訪れた。ここでも梅が満開であった。前日に引き続き、この日も気温は20℃上回るような予報が出ていたが、早朝の気温は4℃とかなり寒かった。

 朝から川に入り釣りを始めたのだが、気温が低いにも拘らず、日当たりの良い流れにフライをキャストするやすぐさまヤマメが喰らいついてきた。日が昇るにつれ魚たちの動きは益々と活発になっていった。

       
前日を思えば出足は絶好調。フライを流す度に、どこからともなく次々と出てくるヤマメ。皆、食べる気満々だった。ちびっこは掛かり損ねてしまうが、まずまずの大きさに育っていると、バッサリと#12パラシュートを咥えてくる。今季初のアップテンポな釣り上がり。

 
フライのシルエットなのかそれともサイズなのか、はてまた水面とフライのかかわり具合が影響するのか?ここまで好反応を示していた#12パラシュートを嫌うヤマメが現れ始めた。CDCスペント#14の出番である。パラシュートを嫌っていたヤマメもやはり、これには躊躇することなく喰らいついてきた。

 
意外にも、早めの流れからイワナが出てきた。白泡から流れ来るフライを発見するや、流心手前側のカケアガリから突如現れ、2mほどフライを追いかけ追いつき、落ち込み直前のカタでフライに喰いつくという、食いしん坊なイワナだった。

     
イワナを放した後、「ここはイワナというよりヤマメのポイントだろう?」と思った。念のため同じ筋にフライを流し直してみると、即座にヤマメが出てきた。どうやら珍しくも、この場所はイワナが優勢だったらしい。懐具合からして、まだヤマメが居るかも知れないと、更に流してみれば続けて2尾釣れてきた。釣れてくるヤマメは徐々に小さくなってくるが、まだまだ他にも……と、最後には、なんとも嬉しいヒカリとのご対面となった。尾鰭に微かな橙色が残っているものの、背鰭の先端はしっかりと黒く染まっていた。この時期になっても、案外と上流にも居るものなんだね。無事、サクラマスになって帰っておいで!

 
瀬を一段上がって次の深瀬からトロの辺りでライズしている。フライを流してみると即座に反応した。鈎に掛り走り回る魚。もしや?この煌めきは!またもやヒカリがやって来た!陽光を浴び銀鱗が眩い。背鰭はもちろんのこと、尾鰭までツマグロとなり、他の鰭も透き通っていた。ヒカリは群れでいることが多いのだが、釣れてきたのは1尾のみ。他の仲間は既に海へと下ってしまったのだろうか。

 
続いて岩盤の早瀬から2尾が飛び出してきた。パラシュートにバッサリと喰いついてきた。反応の鋭さに爽快な気分になる。元気一杯でよろしい!

   
農作業で忙しそうな雰囲気が伝わってくる民家裏、畑の横。徐々に探りを入れながら深瀬にフライを流していると、ワンコの偵察に出くわした。こちらに気づいたワンコは吠えまくる。番犬としてのお役目お疲れ様。そうなのだけれども、ワンコに吠えられてしまうと、どうしても、何だか申し訳ない気持ちになってしまうんだよ、何故だろう。仲良くしたいのかな。だから吠えないでおくれ……。じっくりと探りたい良い深瀬だったのだけれど、ぱぱぱっとヤマメを釣って放して、先を急いでしまった。

   
少し大きめの淵にたどり着いて、流れの筋へど真ん中の1投目。またもやヒカリがやって来た。きめの細かい銀鱗が美しい。ここでも群れている様子は見当たらず、各ポイントに分散、所々にいる印象だった。
次に右岸側の反転流、緩い流れの底石に掛かる沈み枝を狙った。そのウケについていたヤマメ。下流から上流へ反転流に乗せてそっとフライを流し込んだら、ゆっくりと喰いついてきた。
そのヤマメを放した後、ヤマメが居た底石の裏も怪しいと思い、もう一度流しこんでみたら、ホントに居た。イワナ。
同じ淵で生活するそれぞれの立ち位置が見えて興味深い。

 砂の溜まった静かな大淵に、派手さはないものの力強い水押しの波紋を見つけた。ライズの主に気取られることのないように、忍び足でそのライズに近づいて行った。正確にフライを落とせる距離まで詰めた後、暫く様子を窺っていると、またライズが起こった。ライズの主はまだこちらには気づいていない。気を落ち着けるように自分に言い聞かせながら、リールからラインを引き出した。その間、ライズは繰り返されていた。手元のラインを整え、再度ライズの位置を確認し、そのインターバルに呼吸を合わせて、フライをそっと置きに行った。

 
ゆるゆると流れ来るフライを、水音も立てずに吸い込むように咥えて潜っていった。ゆっくりとアワセると、右手には確かな手応えが返ってきた。ライズの主はヤマメだった。

 
退渓点すぐ近くの深瀬でヒカリが来た。ここでも釣れてきたヒカリは1尾のみ。群れはいないようだった。少し疑問が残った。このヒカリ、豊富な水が流れていたら、それに乗って下流へ下っていくのだろうか?
退渓点はもうすぐそこだったので、このヒカリを釣ったところで竿を畳んだ。シカ避けのネットと民家裏の護岸が切れる所まで、一気に上った。

 
川から土手へと這い上がると、目にしたのは綺麗に立ち並ぶ満開の梅だった。暫し見惚れながら写真を撮っていた。すると、ちりんと鈴の音が聞こえた。

 鈴の音は当然、自分のものでは無かった。梅に夢中で、すぐ傍に婆ちゃんが座って花壇作りをしていることに気付かなかった。こちらに背を向けている婆ちゃんの帽子には、可愛い鈴がぶら下がっていた。

「あ、突然お邪魔しまーす、驚かせて御免なさい。通らせてくださーい」
「……」
返事がない。
「梅が満開ですね~」
怪しまれてもいけないので、もう一度、話し掛けしてみる感じで言ってみた。
「ほ、釣りが?」
気付いてくれた?それとも話す気になったのか。兎にも角にも、川から道へ抜けさせてもらうこともあるので、返事をしてくれたことがありがたかった。
「何時来ても、良い川ですねー、ここ大好きです。ヤマメがたーくさんいました。梅も満開だし!」
先ずは、会話のきっかけを。
「どごから?」
「朝からずっと、釣りしながら川を上って来ました。あ、仙台から来ました」
釣りの話ではないだろうと思い直し、仙台を付け加え直したのだった。

 梅の木の話から始まり、その後は思いのほか会話が弾んだ。訊けば自分の母親と同い年。常に何かしらしていないと気が済まない性分らしく、庭いじりをしていると言う。これもまた一緒。婆ちゃんの若い頃の昔話や近頃の話が色々と入り乱れて、婆ちゃんの話はとても興味深く、楽しかった。しかし、気になることも言っていた。
「ウチは水道あるから今は良いけれど、〇〇さんとこ、水無くなってきて困ってんだ。雪もねがったし、雨降ってねえ……」
この春先から釣りをしていてもどかしく感じていた渇水、それは只の渇水ではなかった。山の恵である水は本当に大切だということ、この春の渇水は相当に厳しい状況であることを、そこで暮らしている婆ちゃんは言っていた。


 さて、今回は思いがけずも、4尾のヒカリとの出合うことができた。そのヒカリ、近年は本当に少なくなったと感じている。経験上、少なくとも15年から20年以前では、ヒカリはもっと身近な存在だった。春になれば普通に見かけて小気味良く釣れてきた。それほど沢山のヒカリが川に泳いでいた。それは当たり前の風景であった。

 また、婆ちゃんの言葉がズシリと心に突き刺さった。水に恵まれている日本では、空気のようにあって当たり前に思ってしまうが、その大切さに気付きもしないようでは、きっと後悔することになる。それこそ魚釣りどころではなくなってしまう。


 今回の釣行では、思わぬところで釣れてきたヒカリや出会った婆ちゃんとの世間話から、色々と考えさせられた。釣り人は常々水環境に最も接し、それを肌で感じられる人々であると思うのである。この世の生き物全ては、本物の自然あってのことだから。水に自然に感謝!ありがとう!


THE ESSENCE OF FLY FISHING & THE ESSAY ON FLY FISHING vol.132/ T.TAKEDA

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