エッセンス オブ フライ フィッシング & エッセイ オン フライ フィッシング    vol.131 2023年3月渓流釣り解禁 川旅の始まり/竹田 正

2023年03月25日(土)

仙台東インター店


 渓流釣りが解禁となった3月1日、三陸の山里を流れる川を訪れた。禁漁期に入って以来の5か月間、この日を待ちわびてきた。ところが実際に解禁を迎えた川に立ってみれば、それは長かったようでいて短くも感じられるから不思議なものである。

 この朝は雪になるかと思いきや、さらりと雨が降ってきた。ラジオの気象情報では、これからの2日間は4月の中旬か下旬並みに気温が上昇することを伝えていた。これはチャンスである。解禁早々にライズに出くわす可能性が十分にあるということであり、自ずと期待も高まっていた。

 解禁日は魚の付き場を探し当てることが、良い釣りをするための鍵となる。越冬した魚たちは未だ広範囲に散っていないからである。釣りたい気持ちをぐっと堪えて、ひとまずやるべきことは川見なのだ。
 朝からあちらこちらと移動を繰り返し、幾つもの川とポイントを覗いて見て回った。いずれの流れも冬の延長上にあるようだった。良い雪代が出た気配は感じられず、今ひとつ川床の状態が良くない感じであった。この冬は積雪も少なめの状況だったことや、2月中旬以降にまとまった降雪や降雨が無かったことが重なり、どの川も渇水状態が続いていたのである。

 平日とは言え、この日を楽しみにしていた釣り人たちが、すでに思い思いの流れに入り始めていた。ひと釣り終えポイント探しをしている人やこれから川に入る人、今日は川見だけという人など。行き交う釣り人と情報の交換をしつつも、そろそろ川見ばかりしている訳にはいかない雰囲気を感じ始めていた。時計の針はすでに10時近くを指していた。
「そろそろ良い頃合い、朝一番で誰かが釣り終えてしまったかもしれないけれど、ここに入ってみるか……」
やってみなければ何も分からない。先ずは民家裏の日当たりの良い流れに入ってみることにした。

 ところどころに残雪のある土手を降りていく。するとこちらの気配を感じ取ったのか、流れのヒラキで定位していたと思われる魚が2尾、上流に向かって走って行くのが見えた。その魚はヤマメであることはほぼ確実である。渇水状態で水温も上がりやすい。すでにヒラキに出ているとなれば、腹を空かせた魚たちは活発に動き始めているに違いない。この時、水温は5℃弱、気温はすでに8℃にまで上がっていた。

 期待していた通り、今にもライズが始まるのではないかという雰囲気であった。気になる流れにチラチラと視線を送りつつ、5xティペットに#14ヘアズイヤーニンフを結んだ。ニンフから4ft程離れたところにイエローとピンクの目印を取り付けた。
 流れ込みから続く膝ほどの深さ、流れのヨレに向けてそっとキャストを開始した。思いを乗せたニンフが流れに馴染んでいく。程無くして、目印がツッと引き込まれた。解禁したことを告げる待望の一尾がやって来た――。

 
可憐。ちびっこのヤマメ。ちびっこでもその喜びは格別なもの。今シーズン最初のアタリをしっかりと捉え、キャッチすることができた。何かから解放されたような気分を味わう瞬間でもある。

 
2尾目も口角にしっかりとフッキングしていた。流下するニンフフライを本物のニンフと同様に捕食した証。小判型のパーマークが乱れなく綺麗に並んでいる。年越しの良いヤマメ。

 
強くサビが残り野性味に溢れる魚体。目印を気持ち良く飛ばすアタリを出しただけあって、ニンフをすっぽりと飲み込んでいた。皆、食べたがっている。

 
時折パラパラと降っていた小雨も止み、暖かくて力強い南風が吹くようになってきた。日差しを感じ始めると軽く汗ばむほどになってきた。若干のサビを残しつつもヤマメらしい色合いが戻りつつある。午後になると小淵のカケアガリやヒラキでは、ライズを見かけるようになってきた。風の間隙を縫って深瀬にニンフを流すと、頻繁にアタリが出た。ちびっこヤマメたちは元気一杯、食欲旺盛で大変よろしい!もりもり食べて大きくなれ!


このヤマメも冬の名残が色濃く残っている。乱れの無いパーマークを持っていた。その数は7個。このような魚に出会うと、嬉しくもあり、ほっとする。

   
里の渓流では小さな堰を良く見かける。堰下の底石の組み具合が良ければ良い魚が着く。それだけに、常に釣り人が竿を出すポイントでもあり、タイミングが悪いと「空っぽ」のことも多い。ユスリカやガガンボの羽化に連動してか、この日はヒラキで盛んにライズを繰り返しており、立て続けにアタリが出た。

 
残雪とネコヤナギ、早春の渓。いつまでもたくさんの渓魚を育む流れであって欲しいと願う。


 さて、初釣行から1週間後のコト。3日間のスケジュールを得て再訪することができた。前回の川見を頼りに、あちらこちらの気になる流れに入っては、マメに竿を出してみることにした。
 初日の朝一番はちょいと様子見から始めた。車を停めて、ぱぱっと入渓できる道路脇の流れで竿を出した。つまりは小手調べである。

 
「ヒカリになりかけ」のちびっこ。銀を纏い始めた色合いにほっそりとした体、透明感を増した胸鰭と黒く染まり始めた背鰭は海へ旅立つ準備の証。無事、サクラマスになって帰っておいで。

 一応というべきか、無事というべきか。先ずは今年もヒカリに出会うことができた。ヒカリが釣れたとなれば、次にはイワナの顔も見てみたい。未だ朝、時間は十分にある。軽く探りを入れ終えたところで、ここは思い切って川を変えてみることにした――。


 気になっていた沢の奥へと踏み入った。今年も積雪が少ないとは言え、人里付近の流れとは異なりまだまだ残雪が多かった。さすがに水は冷たいもので3℃弱だった。水温計が指し示した通り、流れに入り歩き始めると間をおいてから爪先が痺れてきた。

   
シカの踏み跡を頼りに入渓した。お蔭でスノーシューを履くことなく、軽快にアプローチすることができた。見上げれば青空に木漏れ日、見渡せば秘かに煌めく清冽な流れ。風もなく、せせらぎとシカの鳴き声の他には音を感じない。静寂とも異なる静けさに包まれていると、心が洗われていく気分になる。

 天候にも恵まれ、のんびりと静かな早春の渓歩きを楽しんでいると、時折、イワナの姿を見つけることができた。ヒラキ部分に積もった落ち葉や枝が作るウケ、そこにイワナはいた。
 矢庭にそのイワナを釣りたいという衝動に駆られたが、フライを投げ入れれば即、込み入った枝に引っ掛けてしまうだけである。気を落ち着けて見れば、試すまでもないことに気付く。さりとて、写真に収めようすればこちらに気付き、イワナは隠れてしまうのだった。膝ほども無い浅い流れでゆらゆらと泳ぐイワナ、これに手出しは無用なのだ。そのようなイワナを見つける度に、休憩がてらに腰を下ろし、暫しその姿に見惚れることにしたのであった。

 
愛おしいイワナ。しっかりとニンフを咥え、イワナらしく、どっしりとしたアタリを出してくれた。小さな淵を幾つも探っているうちに、2尾のイワナとの出会いを果たすことができた。芽吹きの季節の訪れが待ち遠しい。

 気持ちが満たされたところで、陽の高いうちに退渓するのが良しとして、残雪の渓流を後にした。
 里の流れに戻ってみると、辺りは民家と畑、そこに暮らす人、ワンコにニャンコの姿。それぞれの息遣いが感じられた。車も行き交う。そのような生活道路沿いの流れにも、粋なヤマメやイワナたちが当たり前に棲んでいることが、本当に素晴らしいと思うのだ。

 午後3時を知らせる町内放送が入る中、全身に柔らかな日差しを受けているとあくびが出てきた。少しまどろむような、のんびりとした気分。早々にイワナと出会えた嬉しさもあり、ビールを飲みながら早めに夕食の支度をしたい気にもなったのだが、それでは後で時間があり余ってしまう。さらに、折角のまったり気分も無駄にしたくない。
 それならばという事で、川沿いをぶらぶら。竿を片手に「川覗き」の散歩をすることにした。実際のところはアスファルトの上を歩いているのだけれども、川歩きと言えば、これも川歩きと言える。ちょいと覗き込んで見ては、手招きされた気がしたところに、ひょいっと、入ってみる。夕暮れに赤提灯がともる前、つまりイブニングライズが始まる前のひと時に「気ままな里川釣り散歩」を楽しんだ。

 フライラインをリールから引出し、予備キャストのつもりの一投目だった。着水と同時に目印を咥えるやいなや、水中に引きずり込んで潜った魚。鈎は無いのに、ぐんぐんと手応えが返ってくる。
「んおうっ!何だこりゃ!」
川通しで遡行する時とは違って、ゆるゆる気分の状態には余りに唐突、魚は刺激的なサインを送って来た。
「喰いたがっている!やっぱもうドライなの!?」

 
目印に喰いついてきた魚が定位置に戻るまで、暫しの時間をおいてから二度目のキャスト。今度は目印を流れの筋から大きく外してニンフを流した。狙い通りに、間髪入れずビシッと鋭く目印が飛んだ。このヤマメは、このポイントの主なのかな?主を釣った後はちびっこたちの連続アタックだった。

 
端整なヤマメ。サビが抜けきっていないものの、8個の整ったパーマークが印象的。サビの抜けたヤマメも釣れてきた。朝も早かったし、残雪の沢も歩いたので、少々お疲れモード。腰も痛い。イブニングのライズを待たずに、この日はこのヤマメたちとの出会をもって納竿とした。


 2日目は本流近くの、明るく開けている流れを訪れた。本格的にヒカリを探す目論見であった。土手に腰を下ろして川を覗く。民家の前や裏を流れる渓流、そしてのどかな風景を眺めていると、慕情を抱いてしまうのはいつもの事である。目下の日当たりの良い流れには、見る間に幾つものライズが起こり、すでに時合いは来ているようだった。

 
まさにドライフライを使いたくなる光景が、そこにあった。その気持ちをぐっと堪え、まずは昨日から結んだままのニンフの仕掛けで釣り上った。

   
元気者のヤマメたちが次々に顔を出してくれた。この川ではどのヤマメもサビが抜け始めていた。ライズ目がけてニンフをキャストすると、ぱしっと目印を飛ばす気分爽快なアタリを出してくれる。ドライフライの釣りももちろん良いのだけれど、まだこの感触を楽しんでいたい気分にさせられる。しかし、釣れども釣れども、目指す銀ピカに輝くヒカリは現れない。

 釣りの開始から気持ちの良いリズムで釣れ続いていたのであるが、ある淵を境にぱたりと魚の気配が消えてしまった。区間途中の入渓ポイントである小橋に近くなった時のことであった。怪訝に思いながらも、小橋をくぐり抜け、更に釣り続けた。予感した通り、その後も魚の気配は無かった。恐らくは先行者の影響だろう。掌を返すかのような状況の変化だった。
 次の退渓点まではあと1時間ばかり。川通しで小橋まで戻るのは難儀するため、状況の確認も含めてこのまま釣り上がっていくことにした。少し上ればまた釣れ始まるかも知れないとの望みもあった。ひとつひとつのポイントをより丁寧に、気合も込めて、魚を探し続けた。
 しかしその甲斐は無く、ここぞというポイントでも、無情にもアタリはひとつも来なかった。結果的に、目的であった立派なヒカリとの出会いも叶わず仕舞いとなった。

 その後、気になっていたポイントへ移動、2ヶ所を探釣したものの、良い結果は得られなかった。不完全燃焼である。序盤は好調であったこの日の釣りであるが、ある一線を越えるとこの様になることもある。釣り人ラッシュを経た解禁直後の渓流釣りは「竿抜けのポイントを探すことが大切である」と、つくづくと実感したのであった。


 さて、3日目。前日の結果から「竿抜け」をイメージして入渓する川とポイントをどこにするか考えた。
「川原は無し、遡行に手間がかかって休めない、藪があって上がりたくてもすぐには上がれない、入渓したら退渓点まで時間を要するところ……試すべき所は、どこだ?」
地図を広げてそれぞれの川を思い起こす。
「つまりは面倒な……あ!」
不意にある流れが思い浮かんだ。放流魚の影響で野性味に欠ける魚が多い傾向があるため、あまり立ち寄ることがない区間である。場所が思い浮かんでしまえば、近頃の状況も気になってきた。その辺りの確認も含めるとして、数年ぶりに竿を出してみることにした。

   
オギ原を流れる深瀬。このような流れは経験的に言って、程良い流速と深さ、良い底石があれば魚が潜んでいることが多い。9時過ぎ、釣り開始直後から、やはりアタリが頻発。それにしても予想以上に魚影が濃かった。

   
水温は6℃、気温もぐんぐんと上昇。まるで5月の陽気。慣れない体には暑くて堪らないくらい。それに釣られて魚たちの動きも更に活発化してきた。

   
同じような深瀬であっても、さらに柳などの枝が張り出して狭くなっていれば、なおのこと良い。キャストのミスは許されず、魚とのやり取りにも手間はかかるし、よくバラしてしまうのだけれど。そこはそれ、スリルが増す分、より楽しめるということ。魚たちも守られている。

 
水面直下を流れるニンフには興味を示さない。リーダーやフライラインの、その真横でライズする。ドライフライがテキメンに効く状況が訪れた。

 朝からニンフで探り続けてきた。否、それは解禁日からであり、以来、これを待っていたのである。ニンフの誘いに乗ってこないライズにようやく出くわしたのだ。当然ながら即座にドライフライに結び替えた。ボックスを開けてユスリカのハッチに合わせて#20のスペントパターンを選び出した。その後、この日一番の大物をバラし、枝にフライを引っ掛けて騒がせてしまうまでの束の間、ヤマメたちはそのドライフライに出続けた。この日は十分、完全燃焼することができたのだった。


 早春の川を歩き、そこに身を置く幸せ。それと共に、春の始まりに出会うまだ小さくて愛くるしい魚たちは、私にとって格別の喜びを与えてくれるのである。彼らはこれから夏にかけてぐんぐんと育ち、多くの釣り人を楽しませてくれるばかりではなく、これからも子孫を残して未来へ繋いでくれる存在でもある。大切にしていきたいものである。

 渓流釣りの季節は始まったばかり。これから訪れる本格的な春とともに、恵みの雨が降り、川に生命感が満ち溢れる季節が廻ってくることを、心待ちにしよう。
 先ずは早春を満喫、心躍る季節の始まりに、感謝!ありがとう!


THE ESSENCE OF FLY FISHING & THE ESSAY ON FLY FISHING vol.131/ T.TAKEDA

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