エッセンス オブ フライ フィッシング & エッセイ オン フライ フィッシング    vol.121 愛おしいイワナ/竹田 正

2021年08月14日(土)

仙台東インター店


 私が釣りに出掛ける近辺の川では、相変わらずの渇水状態が続いていた。今年は珍しく短い梅雨だったこともあり、そのおかげでアユ釣りは好調だった。久しぶりに解禁当初から型の良いアユを釣ることもできた。
 七月も下旬になると台風6号が発生、ほどなくして8号も発生した。この台風8号が恵みの雨をもたらすものなのか、否か、日々その可能性を考えつつ、天気図の確認を続けていた。釣行時に程良い水加減となるかが、良い釣りが出来るかどうかのカギとなるからである。もし、恵みの雨とあればこの機会を逃すことなく、ひと月ぶりに渓に足を運びたいと考えていた。

 当初に発表されていた予報に比べ、台風8号の進路は徐々に北寄りとなっていた。厄介なことに、場合によっては宮城から岩手のあたりで上陸という、不都合な要素が持ち上がってきた。その一方で、願う通りのタイミングで程良い雨となる公算も出てきたのである。各種の気象情報をまとめてみると、僅か6時間から12時間程度のひと時、雨雲が抜けて晴れ間が広がる予測であった。
 「釣りが出来るのはわずか3時間かもしれない。良くても半日足らず。このタイミングに賭けてみるか」。その後にやってくる台風の悪影響を受ける前に、ぐずつく天候の、その隙を突く事が出来れば良いのである。いくらかの不安材料はあるにせよ、行ってみなければ、実際のところ何も分からないし、何も始まらない。自然が相手のことである。最終的な判断は現場で決めることとして、先ずは現地へ向けて出発した。

 釣り場へ向かう道中、夜明けから午前中にかけて時折強い雨があった。台風の接近に伴う影響が徐々に表れ始めているのは明らかだった。渓に辿り着いたまでは良いが、いざ入渓というタイミングになっても大粒の雨が落ちてくる始末である。妙な風は感じられないが、未だ天候が落ち着いていないように思えた。念のため少し様子を見ることにした。この後は晴れ、今夜半には降雨になるという予報が出ていた。

 やがて雨足は弱くなり、心なしか空が明るくなり始めた気がした。そろそろ良い頃合いだろうと、レインジャケットを着込んだ。少々蒸し暑いのは我慢するしかない。
 午後になってからの、ようやくの入渓となった。渓に降り周囲を観察すると、朝からの雨のお陰で、少し水位が上昇しているのが見て取れた。なかなか良い雰囲気だった。このまま雨が上がってくれれば、良い釣りが出来そうな予感がした―――。


ぼしょぼしょと樹木から滴り落ちる雫。水面がざわつき過ぎると、ドライフライにはどうにも分が悪い。雨は止んでもこれが治まるまでの暫くは、我慢の遡行が続く。


雨雲は去りつつあるらしく、いよいよ晴れ間が広がってきた。暗かった渓が急に明るくなってきた。流れの怪しい部分にフライを落とすと、案の定、イワナが喰いついてきた。しかし、すぐにポロリ。入渓して30分以上を経過、やっとの一尾目だったのだが。


次の良い筋でも、ばしっと喰いついてきた。またしてもポロリ!何をやっているんだ‼二尾連続のバラシである。何か原因がある。使っていたフライは#10パラシュート。フライパターンがマッチしていないのか?流し方が悪いのか?それともティペットに問題か?様々に考えを巡らせつつ、フライにフロータントを付け直したその時、鈎先が折れている事に気付いたのだった。何てことだ!もったいない‼


気を取り直して新しいフライを結び直す。ついでに蒸し暑かったレインジャケットも脱ぐ。もう雨の心配はなさそうだった。軽快に釣り上がりを開始すると、それに呼応するかのようにイワナが釣れ始めた。


それからというもの、程良いリズム感で釣れ続く。


このところのイワナ釣りは、源流小渓ばかりだった。ダイナミックで美しい渓に身を置いていると、これもまた気持ちが良い。


東北の夏は短い。


真夏の渓歩きを満喫する。




美しい滑滝。その眺めを堪能しつつ、のびのびとフライラインを繰り出す。


同じ流れから数尾が釣れてくることもしばしば。


いよいよ陽が傾いてきた。イワナたちの夕飯の時刻、ライズが始まった。沈み枝の中からイワナが姿を現した。釣れてきたのは鰭が尖った立派な尺イワナだった。

 岩盤沿いの緩い流れにもイワナを見つけた。その右側面上流1mに狙いを定めてキャストした。ひと流し目のフライにすかさずの反応を見せると、イワナはゆっくりと浮上してきた。しかし水柱と共にフライを蹴散らし、喰いついてはいなかったのだ。
 「意外に大きいかも知れない」飛沫を見てそう思った。泳ぎ去るイワナを目で追いかけながら、フライボックスからマドラーミノーを取り出そうとしていた。もう一度誘い出す目論見だった。その時、イワナは先と同じ流れの、少し深いところに定位する素振りを見せた。フライを結び替えるのは止め、即座にフライをキャストし、今度は誘いをかけた。するとイワナはまたも浮上し、口を大きく開くと、バッサリとフライを飲み込んだ。


ランディングネットに収まったのは、優に尺を超えるイワナだった。頭と尾鰭が大きく、沢のイワナらしさが印象的だった。一日の終わりに出会ってしまうとは……、あまりにロマンティック。

 鈎を外し、イワナをランディングネットの外へと放した。しかし、何故か淵へ帰ろうとはしなかった。放たれたイワナは、やおら私の足元にくるりと回り込んできたのだ。暫く様子を窺っていたのだが、もう一度両手に掬いあげてしまった。いつまでも離れようとしなかったためか、何やら急に愛おしくなったのだ。
 イワナは大人しくその身を委ねていた。私はイワナに話しかけながら、頭を撫でたり、腹の下を尾にかけて撫で下ろしたりしていた。やがて掌からするりと抜け出すとイワナは泳ぎだし、静かに淵へと帰って行った。


今回の釣行は降雨とほんのひと時の晴天、そして運にも恵まれたということだろう。真夏の釣行ではあったのだけれど、渓では密かに秋の気配も感じられ、そろそろ大物に狙いを絞っていく、その時期の訪れを実感した。
暑い夏、山と渓に、イワナに感謝!ありがとう。

  
THE ESSENCE OF FLY FISHING & THE ESSAY ON FLY FISHING vol.121/ T.TAKEDA

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