エッセンス オブ フライ フィッシング & エッセイ オン フライ フィッシング     vol.88 ヤマメとヒカリ。サクラマス。/竹田 正

2017年05月20日(土)

仙台東インター店


 ケーン!ケーン! キジの鳴き声が川面に響き渡り、静寂が破られた。他の鳥たちもざわつき始める。フライラインを引き出すと、リールもしたたかなクリック音を響かせた。ぴりりと張った空気。気温は2℃、水温は7℃。河畔の桜は満開、春爛漫。5月も間近というのに予想以上に厳しい冷え込みだった。水況も良いものではなかった。解禁以降、これまでの出水を鑑みればむしろ悪いと言ってよい。あまり釣れる感じがしないのだけれど、来てしまったからには流れに立たねばならないのだ。
 ひと流しめ。アタリかと思わせたのはサクラマスの付き場になる岩ばかり。フライは何とか良いコースを泳ぎきってくれたようだが、残念ながらサクラマスは付き場には居なかったようだ。
 あまりの寒さにひとまず退却し朝食をとった。あがりついでに摘んできたコゴミも、さっとあく抜きして頂いた。暖かな朝日を浴びながら、春だな~と食事とその後のひと時をのんびり過ごしていると、地元漁協の名人がやってきた。連れの人とコゴミ採りに来たらしく、名人の連れは袋一杯に採ってきた。「結構採れましたね~。おれも今朝採ってすぐに食いました~」と声をかけると、「おうおう、売るほど採れた。んで、何が釣れたが?」と上機嫌。「まだ、な~んも」「だべな。イワナがヤマメだらもっと上行がねば」と。ごもっともデス。「狙いはマスなんだっけ」と言うと、名人が言い放った。「おんや、マスが? だめだめ、まだ上って来でねえもん。おれもまだたったの2本しが獲っでねえ」ときた。「どのあたり?沢の出会いの淵、とか?」「ん~ん、ん~ん。もっど下だな~」そうか。思っていたよりかなり塩梅悪い状況のようだ。あ~あ。がっかりである。「そんなに下じゃあ、フライを流してもつまらないんだよな~」やはり今シーズンはいろいろ噛み合っていないのだ。釣りはやらないらしい名人の連れが「マスってよ、あれ、ヤマメが海さ行って戻っでくるやづが?」と話に乗ってきた。「あ、それ。サクラマス。それ狙ってんだけどね~」するとすかさず名人が「ん、サグラマス?ママスのほうがうんめえぞ。今時期、そんなん狙ってたんが」と言いだした。んあっ。しまった。ややこしくなってきた。この辺りではカラフトマスをサクラマスと言い、サクラマスをママスと呼ぶのである…。



 結局今回もダウンを着こんで流れに立った。私の場合、前半戦は6月上旬まで、後半戦は9月上旬頃からダウンの世話になることが多い。良く良く考えてみるとシーズン中一番使うアウターはダウンかもしれない。
 陽が昇り始めると、ホントその有難みを感じる。だがしかし、如何せん寒すぎた。春先ならまだしも、この時期にこの寒さは勘弁してほしかった。ラインをたぐる指は今にも千切れそうなほど痛み、ロッドとラインの抑えが効かない。良い時間のはずがこの朝は厳しい釣りとなった。



 サクラマスからのコンタクトはまるで無し。川から上がるとウェーダーにオオマダラカゲロウのニンフがくっついていた。十分に成長しているけれどもウィングパッドは未だ黒くなっていない。ハッチは5月半ばだろうか? いずれにせよ、まだしばらく先。



 ひと流しごと、川から上がってくる度に菜の花を摘んでくる。摘みながら口にも放り込む。ひと噛み、ふた噛み。すると草の香りが口いっぱいに広がり、その後ほんのりとした甘みと爽やかな辛味が追いかけてくるのだ。コゴミも採り頃だった。山菜の季節の始まり。摘みたての山菜は朝昼晩と食事を彩ってくれた。



 フライラインを回収しているとき、偶然にもヒカリが釣れてきた。40mmのチューブに巻いたポーラ&シマーをがっぷりと咥え、すでにサクラマスとしての風格の様なものが垣間見えた。今年も春先からずっと君たちを探し求めていたのだよ。



 ヒカリがいるなら試してみるかと、ロッドをシングルハンドロッドに持ち替え、フライは#8のクロスフィールドを結んだ。フライを流れに投じるとすぐにアタリがやってきた。



 釣れてきたのはヤマメだった。ギンは強いのだが背鰭や胸鰭、尾鰭の色合いはヤマメそのもの。目の周りもヤマメ色がはっきりと出ている。発育も良くて、これから銀毛するとは思えない感じ。きっと本流ヤマメとして育っていくのだろう。



 ヒカリは他にも居るはずと、心持ち芯寄りの流れを探ってみるとたて続けに小気味良いアタリが出る。ラインのテンションコントロールとスイングスピードを調整すると、ごん、と乗ってきた。何年ぶりであろうか、このような立派なヒカリを手にするのは。黒く染まった背鰭と尾鰭、脂鰭の先端。ガラス細工のように透き通った胸鰭。目の周りや顔の雰囲気も、やはりヤマメとは異なるのだ。完璧な魚体。右の大きい個体がヒカリ、左は前出のヤマメ。同じ流れにいてもヒカリはヒカリ、ヤマメはヤマメなのである。



 夕日いっぱいの橙色の景色は、山の端に陽が落ちるとともに、ブルーグレイに染まり始める。イブニングは再度本命狙い。ダブルハンドロッドに持ち替えて入川。ラストチャンス! 緊張感漲る30分間、息を詰めて投げ切る。しかし、何事も起こることは無かった…。
 
 スカッと晴れ渡った青空の下、桜は満開。コゴミも菜の花も旨かった。とびっきりのヒカリにも出会えたことだし。これでいいかな。またヒカリを探しに来てみよう。

THE ESSENCE OF FLY FISHING & THE ESSAY ON FLY FISHING vol.88/ T.TAKEDA

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